煌びやかなミラーボールとシャンデリアが散りばめられた天井。そしてそれに負けないくらいきらきらと輝いている世界に、あたしは今日初めて足を踏み込んだ。2こ上の先輩にどうしてもと腕を引かれてやってきた場所、ホストクラブ。先輩は慣れているのか、我が物顔でずんずんとあたしを引っ張って前へ進む。時折ヒールで足を捻りそうになるのを堪えてあたしは着いていくのに必死だった。先輩の足と、おしゃれで気おくれしてしまいそうなこの雰囲気に。
「いらっしゃいませー!あれ、ちゃん今日は可愛い子連れてるじゃーん?」 「やっほー、涼クン。この子私の後輩でね?ほら、自己紹介!」 ふわふわのソファに腰かければさんの隣に座ったホストの人に、じっと好奇心が詰まった目で見つめられて緊張から思わず手を握った。軽い口調、間延びした語尾。親しみやすそうと言えばそうなのだけれど、あたしには苦手な部類だった。さんに肩を叩かれて促されれば、小さな声でですとだけ告げた。 「ちゃんかー、可愛い名前!照れちゃって、なんか初々しいねー」 アハハと軽い笑い声と告げられた言葉に、あたしは苦笑いを返すしか出来なかった。そもそも家族を除く異性と会話を交わす事すらそんなにないあたしだ。麻衣さんのように笑い流したり、ふざけあって楽しく冗談を言い合ったりなんて、初対面なことも手伝ってかそうそう出来るはずがなくて。麻衣さんとホストの人は2人で盛り上がって、あたしはその会話を聞きながら時折笑ったり、麻衣さんの奢りだという薄いブルーの可愛いお酒を飲んだりしてやり過ごしていた。だけど慣れない席に長時間居るという事は、人間誰でもやっぱり緊張してしまう。いつのまにか手汗をかいて冷たくなった掌が何だか恥ずかしくて、あたしはお手洗いと言って席を立った。 「……はあ、疲れる……」 トイレの鏡を覗き込みながら呟いた言葉は、本心から出てきた言葉だった。楽しい所だと聞いていたホストクラブは、煌びやかで素敵だけれど小心者の心臓では落ち着けない。もうちょっと静かで、ゆっくりと時間が流れる場所の方がいい。人間馴れない所にくるものではないのだ。あたしはあたしの見える範囲の世界に収まっているだけで、十分満足なんだから。ひどく重く感じる扉の先には、またあの眩しいミラーボールが待っているかと思うと憂鬱にもなるけれど。今日は折角麻衣さんが誘ってくれたのだから、今日だけはちゃんとお付き合いして次回はきっぱり断ろう。そう決意してあたしは扉を開いた。 「よぉ、遅かったじゃねぇか。お姫様?」 横から掛かった声。低くて綺麗で、透き通るようにすっと身体に入ってきた声が耳に届いて思わずばっと横を振り向いた。視線の先に映ったのは、すらっと伸びた手足に黒のシャツとスーツがビシッと決まっていて、目鼻立ちは聞こえた言葉同様、我が強そうにはっきりしている、凄く綺麗な顔の男の人だった。勿論外見だけじゃない、一見しただけで分かるくらいの気高さと自尊心に身に纏う雰囲気まで格好良くて。その余りの綺麗さに見入ってしまって、周りのシャンデリアも目に入ってこなくて、何より言葉が出てこなかった。薄く空いた口が塞がらない。 「くくっ…姫は姫でも人魚姫か。海にでも声を忘れてきたのかよ?」 笑えばくしゃりと緩まった目元に、どきんと心臓が跳ねた。一番最初にホストの人に話しかけられた時に感じた痛くて怖さすら感じるようなものではなくて。緊張はするけれど、どきどきと身体が火照っていくような、そんな心地良い感じだ。一秒ごとにどんどん高鳴っていく鼓動に、何か言葉を発さなくてはと思いながらもブルーがかった瞳から視線を外す事はできないまま。 「……貴方は、誰…?」 喉から絞り出した声は小さくて、しっかりと聞けば僅かに震えていたかもしれなかった。だけど声を発すれば目の前の男の人は嬉しそうに目を細めて、そっとあたしの頬に手を伸ばしてラインを優しく撫でた。細くて白い指の感触が少しだけくすぐったかった。 「俺の事知りたいなら、又ココに来い。…教えてやるよ、爪先から頭まで全部」 近づいた顔、綺麗な口から紡がれた言葉は一語一句間違える事無くあたしの脳裏に記憶されただろう。目の前の彼はそういってまたフッと小さく笑ってからじゃあなとあたしの頭を一撫でして去って行った。歩調はゆっくりと。だけどあたしはその背中を何も言う事が出来ずに見送った。どうしてここにいたのか、どうしてあたしに話しかけたのか、彼は誰なのか。徐々に冷静になってきた頭、けれど止まっていた思考は混乱を重ねるだけだった。只一つだけ明瞭に分かる事と言えば、あたしはきっと必ずまたここにくるだろうという事だ。 |
紅茶の海に堕ちたアリス
(君の瞳にこんなにも惹かれる)
ナンバーワンホストのはなし。続くといいな!