遠くの方で携帯が鳴っているのが聞こえて、目が覚めた。部屋にある壁掛け時計を見てみれば時刻は未だ朝の4時を過ぎたばかり。こんな時間に電話を掛けてくるなんて非常識な事をしてくるのは一体誰だろう。友達か、仕事関係か。思いつく人物を一人ずつ頭の中で並べながら携帯を取ろうと思ってベッドから抜け出そうとすれば、僅か5センチも動かない前にあたしの身体は止まった。―否、止められた。背中から抱え込むようにがっちりとあたしの腰に回された、景吾の程良く筋肉の付いた腕に。 「景吾?起きてるの?」 驚いて問いかければ静かな沈黙が返ってきた。引き寄せられた身体は目が覚める前よりぴったりとくっついて後ろを振り返る事が出来ない。だけど、背中に僅かに当たる吐息で多分起きてるんだろうなという事だけは分かった。例え寝ぼけているにしても、景吾がこんな事をするのは酷く珍しいからどちらにしろあたしは驚いただろうけど。 「…どうしたの?」 何も言わない景吾に痺れを切らせて再度問いかけて見ても、返答は帰ってこない。回された腕にぎゅう、と力が込められるだけだった。それはいつもの支配されているという感じでは無くて、まるで小さな子供が母親に甘えて抱きついているような気さえする。昨日のワインがまだ残ってるのだろうか。否、景吾は酔っぱらっても、こんな風にはならない。一体、背中の愛しい人はどうしてしまったのだろう。よく分からずに戸惑ったままに、徐に回された腕にそっと手を重ねればほんの僅かにそれが震えている事に気づいた。いや、腕だけじゃない。景吾の身体全部が小さく、本当に小さく震えていた。 「……行くな」 「どこにも行かないでくれ」 「っ…」 ぽつり、ぽつりと紡がれる。弱々しい景吾の声は、聞くだけで胸の奥がぎゅうっと切なくなって目頭が熱くなった。意味わかんないよ、景吾。あたしが貴方の胸以外のどこかになんて、行く訳が無いのに。どうしてそんな擦れた声でそんな事を言うの。ねえ景吾、あたしは、 「どこにも、行かないよ?景吾。ずっと景吾の傍にいるから…」 泣かないで。背中を向けている所為で景吾の顔は全く見えないけど、何となく泣いている気がした景吾に向かって出来る限りの優しい声で囁いた。 |