ピアノ音、響く放課後の教室。

真っ白な学校には勿体無いほど綺麗なピアノの傍らにいるのは
景吾の、男の子とは思えない程上手なピアノを聞き入るあたし。


この瞬間が、一番好き。




何もかも忘れて景吾の事だけを考えていられるから。




そんな事を考えていると、ふと止まったピアノ音。

顔を上げてみると
優しい眼差しであたしを見つめる景吾。

「…どうしたの…?」

あたしの問いかけに、景吾はまたすぐにピアノに視線を戻して

「何でも無ぇ。何か聞きたい曲とかあるか?」

「んー…あたしアレが良いな。昨日景吾が弾いてたヤツ」

「ハッフルベルか?しょーがねぇ。しっかり聞いてろよ?」


楽譜も見ずに繊細な音を奏でる景吾。

その横顔は憎たらしい程綺麗で
それでいてどこか儚く、寂しそうに見えた。


二人で手を繋いで音楽室を後にした。
昇降口で靴を履き替えていると聞こえる、周りからの声。

「見て…!跡部様と様だわ…」

「何時見ても綺麗ねあの二人…ホントお似合いよねー」


溜息と共に漏れる声。

そう あたし達は周囲が羨む美男美女カップルで
お家柄だって、あたしは悪くない。父は一企業の社長を務めているから。

そんなあたし達を阻むものは何一つ無い。





















ハズだった。


景吾に家まで送ってもらって笑顔で手を振りバイバイをする。







玄関を開けたら待っていたのは、父の平手だった。




パチィィィン と鈍い音が玄関にこだまする。

痛みと驚きに涙が滲む目で父を見上げると、父の顔はこれ以上ないくらいに怒っていた。



、お前跡部財閥の息子と付き合ってるそうじゃないか?」



「そうだけど…?」



「そうだけど、じゃない!お前は家の顔を潰すつもりか?!
 跡部財閥が我が財閥のライバル社だと知ってるハズだろう?」







そう、これがあたしと景吾を隔てるもの。
中学生の恋愛程度では決して壊す事の出来ないほど、高く固い壁。




「知ってる…けど…」



「なら、今すぐ跡部の息子と別れるんだ!どうせ結婚など出来ないんだ、いつ別れても同じだろう?」


「でもっ…!お父さん、あたし景吾の事がっ…!」



「あの跡部家の息子の名前など口にするなっ!
 今はまだいいが、お前が大人になったら誰が会社を継ぐんだ?
 たかが子供のお遊びの為に会社を犠牲にするつもりか!?
 とにかくすぐに別れるんだ!いいな?」





ブツブツと何かを呟きながら、父は玄関を後にした。







手から持っていた鞄がずり落ちた。 

鞄の事なんか微塵も気にせず、あたしは自分の部屋に駆け込んだ。







後ろ手に扉を閉めると同時に、ポタリと床に零れる涙。










分かっていた。 いつかは、こんな日が来ると。



それでも、あんなにあっさりと否定されるなんて。



自分の不甲斐無さが悔しくて、悔しくて。




暗い部屋を見つめる瞳からは、ただただ涙だけが零れた。




















次の日の朝、腫れた目だけは見せないようにと濡れタオルで目を冷していると
携帯のディスプレイに入った文字、景吾からのメール。

いつもは電話ばっかりの彼がメールをしてきた理由は、あたしにはなんとなく分かった。

きっと景吾も、あたしと同じ心境なんだ。





パタンと閉じた携帯に写っていたのは、「放課後音楽室で」の一言のみ。


















コンコン、ともう何度も訪れた音楽室の扉を叩く。

きっとココに来るのも最後だろうと思ったから、慣れない事もしてみたくなった。

景吾は、いつも通りピアノのイスに座っていた。

そしてあたしも、何時ものようにピアノの近くに腰をおろす。


〜〜〜〜〜♪


ゆっくりと流れ始めたメロディー、Liebestraum No,3





激しくも、切なくも愛おしくもあるメロディーがあたしの身体を包んで


消えていった。





景吾が演奏し終わった時には、あたしの頬にはもう涙が伝っていた。


景吾はゆっくりとあたしの隣に腰をおろすと、強く強くあたしを抱き締めた。



景吾の腕力はとても強くて、痛みも感じたけれど凄く凄く幸せだと感じた。






お互いの思ってることも、言おうとしている事も皆分かってしまったように思えた。








そして最後に、唇にキスを一つ。





さよならの代わりに軽く微笑んで、景吾は音楽室から去っていった。



ゆっくりと扉が閉まったのを確認すると、ぶわっと涙がこみ上げてきた。

数年ぶりに、子供のように声を上げて泣いた。

















いっそ、ずっと子供のままでいられたらいいのに。


このまま、景吾と恋人同士なままで、時が止まってしまえばいいのにと



何度願っただろう?




















それでも時は刻まれる。


残酷な程に早く、あたし達は大人になっていく。



















痛みを抱えて。







































ピーターパン症候群
(ずっと子供のままで居られたらいいのに)































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跡部だからこそ書けたお話・・・だと思います。お金持ちって大変そうですね。(←他人事)
melody by Liebestraum No,3(愛の夢 第3番) フランツリスト