携帯に"今日一緒に帰ろう"とメールが来たのはつい5分前の事だ。送り主は勿論景吾から。あたしはそのメールを見た瞬間座っていた椅子の腰を上げて鞄を引っ下げて大急ぎでトイレへと向かう。鏡を覗き込んで、髪型を直して、アイメイクが滲んでないかチェックして。最後に、唇につけるのは何時ものピンク色のグロスじゃなくて滅多に使わない真紅のルージュにした。景吾の隣を歩くには普段の子供っぽいあたしじゃ嫌だから。熱狂的なファンクラブを黙らせる為にも、あたしはあの子たちが認めるくらい景吾にお似合いの人物でなきゃいけない。大人っぽい景吾に釣り合うような、綺麗でミステリアスな高嶺の華。例えるなら、百合とか。それは景吾がそうしろとか言った訳でも無いし、周りがそう言う訳でもないけど。多分あたしなりの捻曲がったプライドと自尊心がそうさせているんだと思う。景吾が、景吾が格好良いから。頭も良くてカリスマ性もあって何でも出来ちゃうパーフェクトに近い人だから。だからあたしは負けたくないのかもしれない。何よりも誰よりも大好きで愛しい景吾に。
「おまたせ、景吾。今日は部活休みになったんだ?」 「ああ、監督の指示でな。…今日は何時ものピンクじゃねぇんだな、?」 景吾の細長く綺麗な指があたしの唇の横をするりと撫でた。口紅どころか化粧全般、景吾があたしに何か言った事なんて無かったから、凄くびっくりして反応が一瞬遅れてしまう。本当に、濃いも薄いも好きも嫌いも言われた事なんて無い。だからこそあたしは何時も試行錯誤してたって言うのに。 「…ふふ、なんか意外。あたしの化粧なんて気にしてないと思ってた」 「顔にしてありゃ誰でも気付くだろ、普通」 「でも景吾は今まで何も言ってくれなかったでしょ?」 「…何で俺が何か言う必要があんだよ?」 「景吾の為にしてるんだもん。せめて好きか嫌いかぐらい、言ってよ」 思わず拗ねたみたいな口調で言ったら景吾はぱちりとあたしの顔を見た。つい出てしまった子供の駄々みたいな言葉に言ってしまった後だとしても後悔が募る。どうしよう折角今まで大人っぽいあたしで居られたのに、こんなに餓鬼っぽい思考を自分で暴露してしまうなんて。景吾の顔が見れなくて視線は下に向いたまま、視界に映るのは皮靴だけ。ああ、本当にどうしよう。ぎゅっと思わず鞄を持つ手を握りしめたら、くいと景吾の指があたしの顎を正面に向かせる。と、同時に落ちてきた唇。軽いリップノイズが響いた、かと思えばそのまま舌は迷うことなくあたしの口内へと侵入してきて好き勝手に歯列をなぞる。頭がぼーっと、する。何時もそうだ。景吾のキスはあたしを此処ではないどこかへと連れていくんだ。まるでシンデレラが魔法をかけられて王子様の隣に居られるようになったみたいに、あたしを特別な女の子にしてくれる。だから、だからあたしは偽物のお姫様と言われないように精一杯背伸びをしているんだ。折角貴方が選んでくれたあたしを、あたしも自信を持って好きだと言えるように。 景吾の長いキスが終われば、最後に唇をつうっと舐めてからようやくあたし達は離れた。なぜか、とても機嫌がよさそうに笑ってる景吾が居る。 「バーカ、お前にこんな色は似合わねぇよ」 「…子供っぽい、から?」 「違ぇよ。そのままの方が俺が好きだからだ。それに、」 どうせキスするんだ、つけてなくたって一緒だろーが。そう言ってにやりと笑った景吾は唇にあたしがつけていた真紅のルージュがついていて酷く色っぽかった。結局あたしはこの男には敵わない。だって誰よりも愛しく思う人だから、惚れた弱みってやつなんだと思った。 (ふふ…景吾の方が似合うみたいだしね、それ) (煩ぇよ。俺様に似合わない色なんてある訳ねーだろうが) (あれ、ピンクとか深緑とかは似合わないと思うけど?) (…別に構わねえな。どうせ身に着ける機会なんか無い) |
お姫様になれる条件
(何時もの君が、好きだよ!)
書いてて途中から忘れてたけどそういえば帰り道だこの子ら…!ノータッチでお願いもうしあげまするorz