1 認めたくない なんて言い訳もいいところ
気づいたら 必ず視界に入ってるアイツ。
後ろの席の 仁王雅治。
理由も無いのに振り返ってみたりで
あたしは結構アイツを意識しているのだと思う。
ムカつくけど・・・さ。
「ねー・・・仁王?」
「何じゃ?」
そんな言葉のやりとりだけでとてつもなく楽しく感じてしまうの。
でも、好きか と聞かれると絶妙なところ。
答えは Yes NO どちらでも無い・・・今は まだ。
何の感情も感じぬままで テニスをしている楽しそうな仁王をずっと見ていたい。
そっちの方が強かった。
があたしに問いかける。
「って絶対仁王のこと好きだよねー・・・?」
あたしの答えは何時でも一緒。
「分かんない。だって好きって認めたらダメなような気がするもん。」
意地っ張りなお姫様 自分で自分の首をしめてしまう。
2 意地っ張りも度が過ぎると可愛く無いぞ?
人魚姫にはライバルがいました。
とっても仲良しなお姫様。彼女はとっても可愛いです。
人魚姫はお姫様の気持ちに気づいていました。でも黙っていました。
怖くて怖くて 最悪の事態を信じたくなかったのです。
だから お姫様が王子様と仲良くおしゃべりをしている時は
人魚姫はとても悲しくなりました。
素敵な王子様 人魚姫は、誰にも渡したくないと思いました。
それでもまだ好きでは無いのに・・・と自分の心の中で自問自答を繰り返していました。
そんな日が続き 人魚姫は、とうとう拗ねてしまいました。
お姫様と仲良く喋っている王子様にちょっぴり酷い事を言ってしまいました。
けれども 優しい王子様。
そんなに笑顔を振りまかないで?
これ以上 惹かれてしまっては
否定された時に 傷が深く深く突き刺さってしまうから。
3 好きって そう思ったときにはすでに
ちょうど一角にだけ夕日が差し込む教室の、窓から体を覗かせて見ているのはいつだって雅治のことばかり。
こんな風に、誰もいない教室でしか堂々と彼を見つめられないのが凄く悲しい。
其れは、が雅治の事を好きになったから。
正しくは、があたしに雅治のことが好き と伝えたから。
あんなに顔を赤くして あたしも気になってるの なんて言える訳無い。
『詐欺師なんて恋愛対象外』と言っていた彼女は何処に行っちゃった?
ああ、なんであたし彼女が雅治のこと好きになってこんなにも悔しいんだろう。
これじゃあまるであたしが雅治を好きみたいじゃない。
なんて 突っぱねてみても誰も気づく訳無いし、気づいて欲しくもない。
ねえ、雅治?あたしあんたの笑ってる顔を見てる今 涙が出てきそうなの。
跳ねるボールを楽しそうに追いかける貴方を見ていると
『ああ、好きだなあ』 なんて こんなに自然に出てきちゃったじゃない。
あ、今雅治がポイントを決めた。
またあたしの胸が一度 跳ねた。
4 一人でしか泣けない可哀想なお姫様
振り向いたら雅治がいる そんな状態が続いた日々
気づかない振り 見ない振り なんてそう長くは続かないのは知っているけれど
どうしてもあがいてしまう 何一つ失いたくないから
でもそろそろ限界みたい あたしじゃなくて が
の席はあたしの隣なのだけれど 圧倒的にあたしの方が雅治から近いし
話す回数も 話しかけられる回数もあたしの方が多い
「あの時の試合って結局どうなったの?」
「ああ、が見にこんかったから負けてしもうたぜよ。」
あたし達二人でしか出来ないようなテニスの話をしていると
が隣の席で急に泣き始めちゃった
の席に他の友達が何事かと集まってくる
それも その子達は皆の気持ちを知っている子ばかりで
オロオロするあたし そして 心配そうにを見つめる雅治
ねえ そんな目でを見ないで?
あたしは そんな風に堂々と泣く事さえも出来ないのに
5 狙ってやったのならどうしてくれようか
「暑っ・・・・。」
いきなり、「、外走って来い。」だなんていつもは何一つ口出ししない顧問でも
このくそ暑い日に外周はかなりキツいと思った
容赦なく照らす太陽をいくら睨んでみても何も変わらない
つくづくツイてないって思った
だって最近は雅治とも何か喋りにくくて この前があたしの目の前で泣いたから
きっと雅治は気にしてると思う ああ見えて優しい人だもん
そう思うと足がどうしても早くは進まなくて 元々そんなに早い方でも無いのだけれど
ここなら職員室から見えないから とテニスコートの後ろにある大きな木の陰に倒れこむ
止まった瞬間の方が暑く感じるってホント 体中全部太陽になったみたいに暑くて
そんな中 目に留まったのは太陽の光を背中に浴びてコートに立つ銀色の詐欺師
そういえば呼び名が「コート上の詐欺師」だったっけなんて考えていたら
あたしの瞳と 雅治の瞳が重なった
どうしよう 目が離せない
暫く雅治を見つめたままでいると ふいにその口元が艶やかに笑んで
相手コートに鋭く決まったボール 未だあたしの方を見て微かに微笑む彼
ねえ わざとなの? そんな格好良い所を見せ付けるのは
どうしよう 高鳴りが止まらない
走っていたときよりも体が熱くなった気がした
6 だから雨なんて嫌いなの
運動部だったあたしは 6月の終わりの部活であっけなく惨敗し
試合会場で零れる涙を堪えながら 楽しかった夏を終えた
正直、部活に燃えていたあたしにとって それは結構なダメージとなって現れ
新しく手に入った放課後の空虚な時間の味に慣れるまで少し時間がかかったりした
それは 同じ部活だったも同じで もっとも彼女はあたしよりもすんなりと空虚を受け入れてたみたいだけど
退屈な時間って人は刺激を欲するのかしら? は突然こんな事を言い出した
「あたし・・・仁王に告白しようかな・・・。」
え?何で?行き成り? って思ったけど それを慌てて心の奥底にしまい
「するの?凄いねー・・・頑張ってね?」
なんて苦笑してみたりしたけど 本当はかなり驚いた ショックだった
はあたしよりも遥かに可愛くて 美人さんだから
雅治はを選ぶかもしれない の方が人気者だもの
大きな不安が頭をよぎった それは王子様にしか消せない不安の塊
「うん、今日の放課後・・・仁王が部活から戻ってきたら、言う!」
のそんな決心を聞いたその瞬間 外では灰色の雲が空を覆っていた
今のあたしの気持ちみたいで そう 何時だってあたしの心は天気とシンクロしてる
「ん、結果がどうだったか教えてね・・・?それじゃあ、あたし今日用事あるから帰るねー。バイバイ、」
逃げるようにその場を去った だって今のあたしには逃げることしか出来なかった
いつも下を向いて歩くのが大嫌いなあたしでも こんな日は下を向くしかなくて
肩にかけていた鞄を ぎゅっと握って今にも零れそうな涙を抑えた
その時 視界に写ったのはコンクリートに染み込んだ一粒の
徐々に増えていく染みに あたしは顔を上げた
雨は次第に激しさを増していく まるであたしの泣きたい心境を察したみたいに
生憎と傘を持ってきていなくて 少しずつ落ちるタイミングが早くなっているがあたしの体を叩きつけた
冷たい冷たい水の塊は 零れ落ちそうな涙を後押しするには十分すぎるくらいで
雨にまみれて あたしの頬を一筋の線が通った
7 さっさと言ってしまえば良かったのに
震える肩 詰まる息
教室の あの席に座ると窒息しそうなくらい辛くて
いてもたってもいられなくて 休み時間になる度に急いで席から離れた
隣には 仁王に告白をしたらしい
後ろには から告白されたらしい仁王
仁王の表情に特に変化はなくて 元々表情の薄い人だったけど
それでも あたし達3人の間には 前日までの楽しそうな雰囲気は無かった
まずあたしが そんな感じにはとうていなれなかったから
でも そう思っていたのはあたしだけだったのかもしれなかった
は全然気にしてるような様子は無くて
もう返事を貰ってしまったのか思って 凄くヒヤヒヤしたりした
まだ仁王は返事してないみたい
怖くて怖くて 仁王の顔がまともに見れなくて
あたしは珍しく後ろにいる仁王の席に一度も振り返らなかった
いつも何度でも呼ぶ仁王の名前も 今日だけは一度も呼べなかった
下を向くのが大嫌いなあたしだけど 今日だけは誰とも目を合わせる気がしなくて
ずっと下を向いてた ずっと涙が零れないように我慢してた
必死に笑顔を取り繕ってるあたしがいた
今までの人生で一番キツかったように感じた日も ようやく終わりに近づいて
帰る方向が同じな友達と一緒に帰ってると ふと聞かれた質問
「ねえ、なんで今日あんなに元気無かったの?何かあった・・・?」
必死に周りにバレないようにしてたのに 気づいてくれた事が何故か嬉しくて堪らなかった
それでも また笑顔を浮かべてあたしは答える
「何も無いよー?大丈夫大丈夫!元気だからね?」
「そう?それなら良かった!でも仁王も心配してたんだからねー?」
「え・・・・?」
一瞬 自分の耳をホントに疑った
周りが固まっちゃったように ホントに一瞬思考回路完全停止した
「そうなの?何てー・・・?」
さりげなく 嬉しすぎてニヤけそうになる顔を抑えながら問いかけると
「えっとね、たしか『、いつもならちょっかいかけてくるんに何かあったんか?』ってあたしに聞いてきてね!いやー、あたしもビックリしちゃった!」
ケラッと言ってくれた友達の一言で あたしの人生史上最悪だと思った日は最高な日になった
仁王が あたしの事を心配してくれた
たったその事だけが ホントに嬉しかった
8 W H I C H ?
放課後の教室 窓から聞こえるのは運動部の掛け声
先生に呼び出されて 職員室にいっていてあたしは帰るのがかなり遅れた
そんな時 教室に戻ってきてみればと雅治の姿
慌てて口を押さえて 扉の影に隠れながら二人の話を聞いていた
聞いちゃダメ という罪悪感と 結果を聞きたい という好奇心の連鎖
その時のあたしには 好奇心に勝てる術は無かった
もう一度だけ チラリと教室を覗き込む
分かるのは 明るいムードでは無いということ
2人に流れる空気から あたしはきっと告白の返事なんだろうなって思った
心臓が割れそうなくらいドキドキした
雅治はなんて返事をするんだろう それだけが気になって
「・・・すまんのぅ、。俺はやっぱりお前さんの彼氏にはなれん。」
「・・・っ・・・!何で!?好きな人でもいるのー・・・・?」
「・・・ああ。好きなヤツがおる。じゃけん、・・・悪いの。」
「・・・分かった。・・・バイバイ、雅治っ・・・!」
の声から 泣いているのが分かった
が出てくる と思ってあたしは慌てて隣の教室に隠れた
ドクン ドクン と 胸がありえないくらいに跳ねている
雅治に 好きな人がいる 気にならない訳が無いから
壁に背中を預けて はぁー と深呼吸を一つ
耳に残った雅治の言葉だけが 頭の中で何度もリピートした
9 いつのまにかこんなにも遠く 近く
「ねぇ、仁王って最近変わったと思わない?」
友達との会話に突然出てきた言葉に、あたしは困惑気味に生返事をした。
「そうかなー・・・?雅治って元々あんな感じじゃない?」
「ええ?!絶対違うってー!仁王、前はあんなに笑ってなかったもん!
なんか・・・3年になってからやけに優しくなったっていうか・・・。」
「ああ!それ分かる!なんか前はかなり近寄りがたい雰囲気だったけど・・・。
なんていうか、柔らかくなったよね?もそう思わない?」
皆が雅治の事をそういう風に思ってるのが意外だった。
あたしにとっては雅治は雅治。別に対して気にした事も無かったし、
まあ 初めの頃よりかは笑ってる回数が多いなあ、と思ってたのは事実だけど。
でもなんとなく嬉しかった。
雅治のイメージが良くなってるのが。
まるで、自分の事のように嬉しかった。
「ね、雅治ー。さっきね、雅治の話してたんだよー?」
冗談を含めた口調で喋りかけると、雅治はフッと笑って話しにのってくれた。
「ほぅ・・・?何じゃ、噂話かの?」
「違うって!何かね・・・雅治が最近なんか雰囲気が優しくなったね、って話してたの!」
「・・・?そうか?そんな事無いと思うけどのぅ・・・。」
「だよねー?あたしもそう思うっ!」
クスクスと笑みを零していると、雅治が急にあたしの方を真っ直ぐ向いた。
「けど・・・もし、俺が変わったんなら・・・それはきっとのお陰じゃな。」
「へ・・・?な、何で?」
「何で、って。お前さんがよう俺に話し振ったりしてくれるから・・・。
やら他の奴等とも話すようになったしの。
感謝しちょるぜよ、。ありがとの?」
ふわりと柔らかく笑った雅治を見ると、確かに雰囲気が変わったのかもしれない。と密かに感じた。
あたしは、爆発しそうなくらい鼓動が早くなっている胸を押さえながら
そんな事無いと、軽く笑って見せた。
10 梅雨の次に訪れるもの
雨なんてジメジメするし気分も体調も何だか悪くなるからあんまり好きじゃない。
だけど、雨が上がった後の匂いは大好き。
深い虹を連想させる 水の良い匂い。
そんな雨の匂いがふわりと香ってきた 初夏の夕暮れ
いつもは雨上がりならもっとジメジメしてるはずだけど 今日は何故だかカラッとしていた
まるで、ようやく長い長い梅雨の終わりを告げるように
そんな事を思いながらあたしは今日もいつも通りに教室の窓から雅治を見下ろす
楽しそうに笑う雅治も 試合に負けて悔しそうな雅治も
全部見ることが出来る 最高のポジション
何だか少しだけ嬉しくなって下を見ながらニヤけていると ふと雅治と目があった
瞬間 ニヤリと上がる口端
あたしは 雅治が何で笑ったのか分からなかったけど
とりあいず苦笑しながら手を振り返した
その時、雅治が口端を上げたままスッとこっちに向かって指差してきた
一瞬あたしの事を指差してるのかと思って、自分の体を見回して見たけど
どこも変わったところは無い様子
それでも指差し続ける雅治
その矛先は良く見るとあたしとは少しずれていて
後ろを振り返ると、そこには同じようにニヤリと口端を上げてさも楽しそうに微笑む雅治がいた
あたしは慌てて下を向き確かめる
そこにはもうさっきまでこっちを指差していたであろう雅治はいなかった
あたしは引き攣り笑いを浮かべながら後ろへと振り返った
「・・・・・・・瞬間移動?」
あたしの言葉に雅治はプッと吹き出して、ククッと笑みながらあたしの方へと近づいて来た。
「バーカ、俺がいくら詐欺師でも瞬間移動は出来ん。」
「・・・じゃあ、マジシャンに転職したの・・・?」
「んーん、それも違うぜよ?」
「それじゃ、さっきのは・・・・?!」
「ククッ、・・・柳生じゃよ?俺と柳生が良く入れ替わってるの知っちょるじゃろ?」
「そりゃあ知ってるけど・・・!でもあたし柳生と雅治の違いわかんないほどバカじゃないもん!」
「どんな天才でもあれぐらい距離があったら分からんじゃろ・・・?やっぱ距離をとって正解じゃったのう。」
まるで悪戯が成功した子供みたいにクスクスと笑う雅治
「もー・・・心臓に悪いから止めようね・・・そういうのは。」
「大丈夫じゃ、人間驚いたぐらいじゃ死なんぜよ。」
「わかんないよ?ビックリしすぎて死ぬ人もいるかもしんないじゃん?」
「ほー・・・・?なら、試してみるかの?」
意味が分からずとりあいず雅治の動きを目で追っていると
雅治がニヤと笑いながら近づいて来て
その顔は あたしの目の前までやって来た
ふわり、と香った香水の匂いが 上がりたての雨の匂いとシンクロして
妙に身体に浸透していくような気がした
キスされている と気付いたのはその時だった
慌ててぱっと口を押さえて雅治から離れる
焦りまくりのあたし それでもまだ微笑む雅治
「なっ、何で・・・っ?何で今っー・・・・!」
声が裏返ってるような気がした けれども今はそんな事気遣う余裕は無かった
ひょうきんな声の質問に返ってきた返答は随分と冷静沈着なもの
「何で・・・って、好きだから。」
ああ、はいそうですかなんて感じで終わりに出来たらどれだけ楽だっただろう?
あたしの足は突然のキスと告白でがくがくに震えていた
「う・・・そ・・・・?」
「嘘じゃなかとよ?俺はずっとが好きじゃった・・・。」
「お前が俺に話しかけてくれたときから・・・ずっと・・・な?」
優しく笑った雅治を見ると 涙がこみ上げてくるのが分かった
初めての幸せすぎる感情に なんて言葉を返したら良いか分からなくて
ただただ涙が溢れてきて その場にへたりと座り込んでしまった
そんなあたしに、雅治はゆっくりとあたしの目の前にしゃがみ込んで
「ビックリしても・・・死なんかったじゃろ?」
またニヤリと笑って見せた
何でこの男はこんなにも余裕なんだろうと思ったけど
溢れ出てくる嬉しさの方が勝ってたようで
結局あたしは 目の前にいる雅治にすぽんと体を預けた
「あたしも・・・・好き、です。」
震える声で呟いた言葉が 貴方に届いていると良い
Fin.