学校帰りに若の家に寄って、2人で映画を見ながらお喋りしたりする。特にいつもと変わらない日常。只一つ違うのは、今日が12月5日。あたしの彼氏の日吉若の誕生日だという事ぐらいだ。絶大な人気を誇る氷帝学園男子テニス部の次期部長候補である若は、他のレギュラー陣に引けをとらないくらいモテモテで。でも若のちゃらちゃらしたものが嫌いな性格の所為か、どんなに可愛い子が告白をしても若は絶対に"Yes"とは言わなくて。寧ろ誰に対しても冷たい返事ばかりで。だからまさか、あたしと若が付きあえるなんて思ってもみなかった。


「おい、…何変な顔でボーっとしてる?」


そして若がこんなにも意地の悪い人だとも、思ってなかった。元々付き合う以前は滅多に会話を交わさなかったあたし達だ。お互いの事なんてよく知りもしないで。それでも今までこうやって付き合ってきているのは何だか不思議だと我が身の事ながらそう思う。あたしのタイプはもっと年上で包容力があって優しくて何でもわがままを聞いてくれるような、大人な人だった筈だ。若の好みのタイプも、純粋で清楚な女の子だとどこかで聞いた事がある。(誰が教えてくれたんだっけ、向日先輩?)好みのタイプなんて所詮理想にすぎないけど、ここまで食い違うと本当に違和感だ。若は年上でなければあたしのわがままを黙って聞いてくれるような男でもないし、あたしも真っ白な清純少女という訳ではない。それなのに、お互いその事は何も口に出しはしないから結局中途半端なままに時間だけが過ぎていく。繋がりあうのは運命だった?目に見えない何かに惹かれあってる?―どれも違う気がする。


「…人の話聞いてるのか?」

「いった!ちょっと、何すんのよこのばかし!」


若の言葉を無視してた訳じゃない、ただ思考に耽ってただけ。だけど若は返事がないのが気に食わなかったらしく近くにあった雑誌で人の頭を豪快に叩いた。ぱこん、小気味いい音が部屋に響く。耳に届く音は可愛らしくても現役テニス部の若の腕力を持ってすれば、力を込めるなんて容易いものだ。あたしはたったの雑誌一冊相手に涙目になった。すかさず反撃とばかりにそのまま睨み上げれば、ジュースの入ったコップを持ってない方の手を思いきり伸ばした。標的は勿論、綺麗に切りそろえられた憎き若の頭。


「ほぉ、そんな事を言うのはこの口か?」

「いひゃいいひゃい!コップ!こぼへ、る!」


空しくも手は途中でがしっと若に止められて。しかももう片方の手はまたあたしに伸びてきた。避けようと動かした身体に、片手のコップがぴちゃりと揺れる。半端後ろに倒れるような体制になったあたしに構いもせずに若はそのままあたしの口を開いている方の手で思い切り引っ張った。力加減、なし。痛くて痛くて、でも抵抗をする筈の両手は若の片手とコップに遮られて何も出来ない。絶対彼女にする事じゃないと思った。目の前で楽しそうに笑う若が憎らしくて、引っ張られてる指を思いっきり噛んでやった。そっちがその気ならこっちだって手加減なしで、やってやる。


「っ…!」


若の綺麗な顔が痛みに歪む。余りにも痛そうな顔だったので噛んですぐにあたしは後悔した。若は驚いたような顔をしながら噛まれた指を見つめている。あたしの口端を引っ張っていた人差し指には微かに血が滲んでいた。やばい、ちょっとやりすぎた?力の弱まった片手の支配を抜け出して不安から若へと手を伸ばせば、だけどその手は途中でぴたりと止まる。若が血の滲んだ指をそっと口で含んでから、今の今まで無表情に近かった瞳を、一際悪戯ににやりと細めたから。瞬間、手を引っ込めようと思った時には既に遅し。若はあたしが伸ばした片手を掴んで、今度はそのまま強い力で押し倒してきた。背中に衝撃を感じたと同時に、ぱしゃりとフローリングの床にジュースが零れる音がした。


「ちょっと、わか…」


反論の言葉は途切れる。若がキスをしてきた、から。片手は若に抑えられて、顎に手を添えられてるから抵抗できない。若自身で覆われてる身体は押し退けるなんて出来る訳ない。だけど若はそんなあたしに気づいて、それを嘲笑うように今度は舌を入れてきた。逃げようとするあたしの舌を逃がすまいと絡め取って、もっと深く繋がろうとする所為で、くちゅりと厭らしい音が漏れる。僅かに感じる鉄の味と、呼吸が出来ない苦しさと、恥ずかしさと、混ざり合った感情があたしの頬を真っ赤に染め上げた。


「…っは…ねぇっ、コップ…!」

「ほっとけ。それよりちょっと、黙れ」


お前はすぐに茶化す。そう言ってあたしの首筋へと舌を這わせる若はひどい男だと思う。いつだって強引で、優しさの欠片もない。なのに、その激流のような流れに身を任せてしまうあたしはきっともっとひどい女だ。
じいん、と首筋に痛みが走った瞬間、あたしは空になったコップをゆっくりと手から離した。


*


ぱちりと目を開ければ時間はすっかり過ぎてしまっていた。激しい行為の最中に気を失ったらしいあたしは、いつベッドに入ったのかとか、そういう類の事を全く覚えてない。今分かるのは、行為の後必ずあたしを抱きしめたまま眠りにつく若が、今日もそれは例外ではなく、裸のままベッドの上であたしを抱きしめて眠る若の姿が目の前にあるということぐらいだ。若の寝顔は、初めて見た。いつだって若はあたしより後に寝て、先に起きていたから。まじまじと見れば改めて、若の顔がどれだけ整っていて綺麗なのか凄くよく分かる。すうすう、と息を吸う度に震える長い睫毛。色素の薄い髪と唇。切れ長の瞳。まるで子供みたいに安心しきった顔で眠っている若の顔を見ていると何だか胸の奥から何かがこみ上げてきて、きゅんと音を鳴らす。


「誕生日おめでとう…若」

そっと触れるだけのキスだけをすれば、若に寄り添ってあたしは再び眠りについた。
枕元の電子時計はもう、12月6日を指していた。









こんな風にしかを紡げない

僕達は子供だったから







初挑戦が誕生日夢って、どうなんだろうか?笑 まあ何はともあれHappy birth day Wakashi Hiyoshi!!