女の子達の黄色い声援を一身にその細くて猫背がちな背中に背負う男、仁王雅治。銀色に染められた髪はトレードマークの如く後ろで一つに縛られていて、見目麗しい我が立海大男子テニス部の正レギュラー、所謂実力者ってやつ。あたしはこいつが嫌いだ。どこが、と聞かれても何もかも嫌い。切れる様に冷たく鋭い視線も、自分以外の全てを嘲笑っているみたいに浮かべられた笑みも、男のくせに細く綺麗な指先も、テニスをしている時にだけ垣間見える楽しそうな表情も、全部。本当に、同じクラスでさえなければあたしはこの男をここまで嫌いになる事もなかっただろうに。神様は意地悪だ。実際、あたしは1・2年の時には仁王の事を全然嫌いじゃないどころか、寧ろ友達と一緒になって格好いいねだなんて言っていた時もあったのに。自分でも何でこうなったのか分からない。でも、兎に角、あの銀色が視界に入ると何だか心がぎゅうと縄で締め付けられたみたいな感覚に陥いって、あたしは何時も視線を逸らすのだ。

「席替え?え、ちょっと待って、今日席替えなの?」

「そうだよー、聞いてなかったの?」

前に立った担任がどこか楽しげに笑いながら口にした言葉を、あたしは思わず隣の席のに復唱した。そんなこといつ言ったっけなんてぼーっとした頭で考えてみても考えたところで答えは出そうになかったからすぐに考えるのを止めてしまったけど。そうすればすぐに回ってくるくじ引きの小さな箱。今どき席替えでくじ引きってのも中々シュールだと思う。だって他のクラスは皆、3年になれば好きな友達と好きな席に座ってるんだから。何でうちの担任はこうも昔ながらが好きなんだろう、なんて小さく溜息を吐きながら一番上の4つ折りにされた紙を取った。書かれた番号は、23。

何番だった?」

「23…なんか微妙。」

「でも窓際の席じゃん!よかったねー。」

「あ、ほんとだ!やったねラッキー。」

微妙だなんて言ってごめんね23番。窓際でしかも後ろから2番目の席を提供してくれた君の事、偶数好きでぞろ目好きなあたしだけど好きになれそうだよ。そう思いながら黒板に次々と書かれていく名前をにこにこ顔で見守っていたあたしは、その3秒後に表情全部をフリーズさせる事になる。仁王雅治、あの男が引き当てたのはあたしの後ろの席だったから。と書かれたすぐ下に仁王と書かれた黒板が憎らしい。どうして、どうして神様はこんなに。神様なんていやしないんだ、と重い足取りであたしは机といすを移動させていく。出来ればの隣から動きたくなかった。やっぱり23番は、微妙どころかあたしにとって不吉な番号となった。

「よろしく、。」

「……宜しくお願いします。」

ふと目が合えばいつも通りの薄い笑顔を口元に浮かべて声を掛けてくる仁王。ああ、背中ぞわりとする。これから暫くの間後ろを見る度にこの男がいると思うと学校の存在すら億劫に思えてきた。風邪だとか頭痛だとかの時は迷わず休もう、そう決心した直後に背中に違和感が、一つ。つんつん、とそんな効果音でもつきそうな程、指先で背中の丁度真ん中をさされる。仁王があたしを呼んでる?まさか、鞄か何かでも当たったんだろう。無暗に後ろを振り向きたくないが為に、あたしはそう思いこむことにして次の授業の教科書とノートを出す為に机と鞄に意識を向け―ようとしたら、また突かれる、背中。今度は指先じゃない、まるでノックするみたいに拳を使ってるのがカーディガンを着ていてもすぐに分かった。

「…何?」

「ようやくこっち向いたのう。シカトされたから悲しかったぜよ?」

言葉とは裏腹にどこか楽しそうな表情を浮かべる仁王。詐欺師がよく言うわ、なんて心の中でひっそりと悪態を吐いた。いつもこうやって女の子をからかってるのか。あたしは絶対、そうはならないけど。そんな意志を持った視線は強いものになってたと思うけど、なんせあたしは仁王が嫌い。どう思われてもいいと思ったから、視線を変える事は無かった。用があるなら早く言って、無いなら呼ばないで。もう一度抑揚のない声で告げれば、仁王はなぜか嬉しそうに口元を緩めた。

「なあ、。お前さん俺のこと嫌いって本当?」

「…本人にストレートに聞く辺り、確信持ってるとしか思えないけど。」

つくづく可笑しな、正常には程遠い男だと思う。自分の事が嫌いな人間に直球で、しかも楽しそうになんてわざわざ喧嘩を吹っ掛けているようなものだ。取り巻きの女の子達ならこんな事言われた暁には大慌てで否定してついでに告白、なんて展開なんだろう。昔のあたしなら分からなかったかもしれないけど、今のあたしにはありえない話だ。だからこそ思い切りYESと返事をした、はずだったのに。

「くくっ…面白いな、は。」

「…それはどうも。」

「ああ、好きになった。」

一瞬、世界が止まったような気がした。今、仁王は何て?頭が古びたコンピューターみたいに固まって、思わず目がぱちくりと動く。すぐそこにいるはずのクラスメートの喧騒も、どこか遠い所から聞こえてくるみたいに聞こえる。けれどすぐにはっと水を差したみたいに動き出したあたしの頭は、あっという間に正常へと戻っていった。仁王がこんな事をあたしに言うわけない。どうせ、暇つぶしのからかいに決まってる。意地が悪い。わざわざあたしに嫌いと言わせてから、こんな事をいうのだから。すぐに冷静になったつもりでいたその時のあたしは、自分の頬がほんの少し赤くなってた事には気付かなかった。

「馬鹿じゃないの?あたしはアンタなんか大嫌い。からかうなら別の人にしなさいよ。」

「からかってなんかおらん。俺はいつでも本気。」

「…それが本気なら、本当に性格ねじ曲がってるね。アンタ。」

「その性格ねじ曲がってる男をいつも見てるのはどこのどいつじゃ?」

その言葉にもう一度、あたしの頭が思考を停止した。嘘、だ。だって一度も視線があったことなんて無かったのに。顔がどんどん真っ青、じゃなくて今度こそ真っ赤になっていくのがしっかりと分かった。何で、知ってるんだ。

「っそれは、アンタがあたしの視界に入ってくるからっ…!」

「嫌いなんじゃろ?じゃあ視界に入らんよう動けばよかったんじゃなかと?」

仁王の視線が、いつも周りに侍る女の子達に向けてられてばかりいたあの視線が、今真っ直ぐにあたしを見つめて、あたしを追い詰める。脳裏に最大音量でサイレンが鳴り響く。嫌いだ、仁王なんか。なのにどうして、今あたしの心臓はこんなにもどくんどくんと音を上げているんだろう。仁王の顔が少しずつ近付いてくるのに、あたしは固まったままで何の反応も出来ない。お互いの顔が、鼻が、唇が、触れてしまいそうな程に近くになった時に、仁王は見た事も無い笑顔を浮かべて、囁いた。

「俺の事、好きなんじゃろ?」













ショートヘアーのラプンツェル
(舞い降りたのは悪魔か、天使か)















素直に慣れない女の子のおはなし。