「やめてくれっ…頼む、命だけは…!」 情けない声が耳の奥で響いてる。けれど、しっかり聞こえているはずの声なのに、脳にはもう何も入ってこない。勿論、耳が機能を果たしてない訳じゃない。多分、今俺の脳内どころかこの身体を支配しているのは、全てを焦がして燃やしつくしてしまいそうなくらいの憎悪だから。今更よくそんな事が言えたもんだな。中心に浮かぶ炎に比例して思考はやけに冷やかに、自分でも恐ろしいくらいに冷静だ。どこを撃てば致命傷を与えられるか。どうすれば簡単には逝けない苦しみを与えられるか。どうすれば、目の前のこいつは確実に死ぬのか。知識を得た覚えなんかないのに差し出す腕は不思議と確証を持っていた。嗚呼、これが人間の本能か。平和な世界によって潜在する事になった、生と死を超越したものか。 「にもその台詞言ったんか?…どうなんじゃ、なあ?」 かちゃり、セーフティを外す音が静かに鳴れば目の前の男はまたひっと小さく悲鳴をあげた。嘲笑が、零れる。今まさに人を一人殺してしまおうという事に違和感は無くて。あるならば、そう。ゲームで言うラストの大ボスを倒す瞬間のような、そんな感じ。1秒でも早く倒してしまいたいのに、そのラストがどんなものになるのか気になるのに、踏み込みたくない、終わらせてしまいたくない、そんなもどかしくも嬉しいような感じだ。でもそれはあくまでゲームの話。現実は、俺がこいつを殺したところで何か感動的なラストがある訳でもない。こいつを殺してが戻ってくるっていうなら俺は千回だって罪を被ってやる。だけど現実はどうだ?こいつを殺したところで何か起こる訳でもない、の温もりが、声が、俺に帰ってくることも無い。こいつに対する憎悪だって、殺すくらいじゃ全然足りない。つまりは、殺しても対して意味なんて無いんだ。そう、意味なんて無い。 「…っ、俺を殺してもは戻ってこないんだぞ?…お前のやってる事は無意味だ。」 「そんなんはお前に言われんでも分かっとる。」 黙れよ、喉が一番の低音で絞り出した声は微かに擦れていた。分かってる、そんなのは分かりきってる。どうしてを殺した張本人にそんな事言われなければいけないんだ。お前さえいなければ、お前さえいなければ、俺達は。「ドン」引き金を引けば耳の少し後ろで音が鳴った。小さい6発式の銃から出される衝撃は、予想よりも全然軽かった。そして、弾は狙い通りの場所に当たった。 「うあああああああっ…痛ぇよっ…痛ぇっ!」 左の二の腕を貫通したらしい、血が辺りに飛び散った。俺の足元にも散った血は地面を汚す。射的は元々得意な部類だったが、俺の本能はどこまでも動物的で、集中力がテニスの試合とは比べ物にならないくらい、頂点まで辿り着いている気がした。痛い、と呻き声が響く。右手で抑えた傷口からは止めどなく赤が溢れて手を赤に染めていった。だけど今の俺には、俺がここに居る事すら全部映画館のスクリーンを隔てて見ているような気がしてならない。 「痛いか…?なあ、はもっと痛かったんかのう…?」 「ひっ…や、やめ…止めてくれよっ!」 ドンドンドン!3発連続で引き金を引けば、衝撃もさすがに手首に来てじいんと痛みを持ったような気がした。だけど神経と脳が切り離されたみたいに俺の手は痛みを感じているのに何も反応しない。意識は全て目の前のこいつに。弾はさっきと同じく全て目当ての場所に的中した。右足の腿、左足の足首、右の肩。全て掠めるだけに留めておいたにも関わらず、こいつは五月蠅くも一際でかい叫び声をあげた。それこそ気が狂ったかのように。「うあああああああっ!止めろ、俺が悪かった、悪かったから…!」声の大きさに反比例して、逃げようとする様子は無い。只俺に向かって首を左右に振り続けるだけだ。多分、一発目貫通したのがよほど効いたのか。或いはもはや逃げられないのだと本能で悟ってしまったのか。―どっちにしろ、逃がしは、しない。 「もう黙れよ。俺が聞きたいのは、お前の声じゃない。」 真っ直ぐに心臓へと向けた銃口は、逸れる事無く打ち放たれた。俺の左手の人差し指によって。ど真ん中を打ち抜いた弾は、同時に最初とは比べ物にならないほど血が噴き出して、俺の靴は赤に染まってしまった。殺してしまった、俺が。ぴくぴく、もう声も出ないのか、手を精一杯俺へと伸ばしたのを最後に目の前の男の動きは止まった。電池が切れたロボットみたいにぷつりと途切れた腕は、俺に助けを求めたのか、俺のように俺に憎悪でも抱いたか。どちらでも構わなかった。ぺちゃ、血の水溜りをゆっくりと踏み分けて、俺は目の前の男に背を向けた。身体を反転させれば視界に入るのは、横たわるの姿だ。俺がつい先程殺した男のように醜く血に塗れた姿じゃなくて、心臓だけを打ち抜かれた、綺麗な姿。ゆっくりとに近づいて、かしゃんと銃を地面に落とせばそっとその隣に腰かける。傍から見れば眠っているだけのように見えるのに、触れてしまえば氷のように冷たくなってしまった身体。指で頬のラインをなぞれば、すっとの頬に赤いラインが描かれた。俺の左手が、汚れてたから。―いつつけたのだろうか。よくよく見れば爪の先から僅かに血が滲んでいて。さっきは気付かなかったけど、よっぽど強く銃を握ってたようだ。気付かなかった、その手がずっと小さく震えているのにも。 「…、愛しとうよ。…なあ、何でお前さんはおらんのじゃ…?」 変な雅治、あたしは貴方の目の前にいるじゃない。そう言って笑うが脳裏に浮かんで、消えた。はもう居ないんだ。俺の手の届かない遠い所に、無理やり連れていかれてしまった。俺達は2人で手を繋いで歩いてたのに。あの男がそれを奪った。憎い、憎い、憎い、憎い、つら、い。どうして、どうしてがいないのに俺が生きてるんだ。がいなきゃ、世界に何の意味なんて無いのに。これ以上、が居ない世界で息をする事すらもう、辛い。結局俺は、によって生かされてたのだ。つい数分前人を殺した時も、たった今すらも俺を繋ぎとめるのはの影だけ。だけどもう、影すら俺を置いて行ってしまおうとしている。微かに残っていたの残り香すら、血の匂いでイカレた鼻には届かなくなってしまったのだから。 「…逝かせんよ、一人でなんか。」 涙が頬を伝う。それを拭う事はせずに、そっとの手に俺の手を重ねた。いつも温かいはずのの手はもう信じられない程に冷たく。それを未だ認めたくなくて俺の体温を分けてやれたらとぎゅうと強くの手を握った。空いた方の手で落とした銃を弄り、の右手に持たせてやる。宙に浮かせればぶらんとした右手は俺の支えなしではやっぱり動かない、人形みたいだった。でも人形でも何でも善い。はなのだから。後少しだけ待っときんしゃい、俺を置いてったら承知せんよ。もう一度だけの顔を見て囁いて。の右手に俺の左手を重ねて、銃口は俺の左胸にぴったりと当てた。どう間違っても、確実に死ねるように。大丈夫、道の先にが居ると思えば躊躇う事なんか何もない。俺にとってはのいない1秒先の方が何よりも苦痛で仕方ないから。嗚呼、どうか。弱い俺の最期は、お前の手で。 パアン、響いた音の後に、重なった影が2つゆっくりと堕ちて逝った。 |
君の居ない世界に未練なんかないよ
(在るのは孤独と憎悪だけだ)
滅茶苦茶にぐろいのが書きたかったんだけどりんごには無理でしたorz