朝、起きた。何時もなら眠くてしょうがない6時起床も、今日ならばっちり目も覚めてしまう。何故かって?今日は12月4日。言わずもがな、あたしの彼氏である仁王雅治の誕生日だから。最近は雅治の誕生日が待ち遠しくて、3日前くらいからうきうきと落ち着かなかった。でも今日がやっとその日だ。雅治はそういうイベント事とかに特別関心がある方では無い。だけど、雅治の彼女なのだからやっぱり彼を祝ってあげたくて。何より喜ぶ顔が見たかったから。あんまり得意じゃない早起きをして、お化粧も髪の毛もいつもより気合いを入れて、苦手な料理にだって挑戦する。女の子ってこういうところで単純だなあって思う。好きな人の為なら何でもやってあげたいなんて普段は考えないあたしでも、今日という特別な日には、雅治の為の喜ぶ事は何でもしてあげたいとか、恥ずかしくて本人なんかに絶対言えないけど。

「それじゃあ、行ってきまーす。」
「オハヨー、。…気合い入りすぎじゃね?仁王の誕生日だからって。」

何時もならあんまり食べない朝ごはんもお腹一杯食べて、本当に今日は珍しい事ばかり。たまにはこんなのもいいかもしれない、とにやけ顔で玄関を開けるとばっちりと目があった。同じクラスの丸井ブン太だ。彼は雅治と同じテニス部で、あたしにとっては仲の良い男友達。あたしの家の前の道を通るのが一番の近道らしくあたし達はよくあっては一緒に登校したりしていた。付き合った当初は雅治に怒られて自粛こそしたものの、あたしもブン太もお互いを同性同然に扱ってたくらいだからそのうち雅治も気にしなくなったのを覚えてる。

「ばーか。雅治の誕生日"だから"だよ。ブン太も雅治におめでとうって言ってあげてよ?」
「えー、どうすっかなー。アイツ俺ん時言ってくれた記憶無ぇしな!」
「そんなちっちゃい事気にしない!男でしょ、ブンちゃん?」

零れる笑み。ブン太は他愛も無いやりとりがごく自然に楽しいと思える人だ。あたし達の関係はそれ以上でもそれ以下でもない。ブン太だってきっとそう思ってると思う。でも、雅治は違う。あたしはブン太を見るような目で雅治を見る事はどうしても出来ない。だって雅治はあたしの中で誰よりも特別な存在だから。小さい時に初めて読んだ難しい恋愛小説の一節に、人間は人生の中で自分だけのオンリーワンを探すって言葉が書いてあったのがやけに脳裏に焼き付いてるけど、あたしは雅治を見た瞬間この人があたしのオンリーワンなんだって思った。そのくらいあたしは、格好良くて手の届かない存在に見えた雅治に、こんなにも惹かれたんだ。

「つーかあいつ今日学校来んの?」

え、何それどういう意味?疑問を声と視線に乗せてブン太を見れば、呆れたような顔をされた。ブン太は本当に分かりやすい。何でもすぐに顔に出して隠すのが下手くそだ。じゃ、なくて。

「だって去年かなりひどかったじゃん。仁王面倒なの嫌いだろ?」
「でも昨日は休むも何も言ってなかったどころか、今日どこ行くって予定たててたのに…。」
「うっそ!あいつ昨日休むかもしらんとか言ってたぜー?」

食い違う意見に何だか急に不安が押し寄せてきて、歩きながら緩んでしまったマフラーをぎゅっと縛りなおした。雅治は、今日学校を休んでしまうのだろうか。勿論雅治の性格を考えれば何より面倒な事を嫌うが故にその可能性は十分にある。けど、休まれてしまったら折角の誕生日なのに雅治の事が祝えない。そう考えると思考は一気に急降下した。早起きも化粧も髪型も料理も、雅治に見て喜んで貰えなければ全部が水の泡なのだ。何より、雅治の誕生日に一緒に居られる時間が何時もより少ないというのが悲しかった。本当は今日一日朝から夜までずっと一緒に居られたらとか思ってたのに。考えれば考えるほどポジティブとは真逆の方向に向かって突き進んでいくあたしに気づいたブン太の、電話掛けてみりゃいいじゃん、の一言であたしはようやく下がった顔を上げられた。そうだ、確認してみればいいだけの話だ。雅治が人の考えを裏切るなんてよくあることだ。今回もひょっこり、実はもう学校についてたりするかもしれない。淡い期待を抱いて電話のボタンを押せば、4回目のコール音が鳴り終わった瞬間に雅治の低い声が聞こえた。

『もしもし、雅治?おはよう。』
『おはようさん。今俺も掛けようと思っとったとこじゃ。』
『え、そうなの?ていうか今どこ?』
『今家じゃけど。』
『まだ出てないの?!遅刻しちゃうよ?』
『学校なんかいかんよ。それよりは今どこじゃ?』

"学校なんか"。雅治のその声がやけに頭の中でリピートした。只ショックだった、から。あたしが学校大好き真面目人間とかそういう訳じゃなくて、学校はあたしと雅治が会える大切な場所だったから。だって雅治の家とあたしの家は決して近いとは言えないから。雅治の家は大好きだけど、遠い所に行くのも大変だとあまり行った事もないし休みの日は外に出てる事もある。つまり、あたし達が一番会っていたのは学校なのだ。一緒にお弁当を食べながらのんびり過ごした昼休み、部活サボって喋ってて何故かあたしまで怒られた放課後、2人で手を繋いで出る校門。全部全部、雅治との思い出が詰まってる。だから学校が嫌いだったあたしでも、学校を好きだと思えたのに。結局どこにだって雅治がいなきゃ意味がない。それなのに今日、雅治本人の口から誕生日は家で一人で過ごす、とそう告げられたようで凄く悲しかった。雅治のその後の言葉なんか一つも耳に入ってこないくらい。

『っ、雅治の馬鹿!折角頑張って早起きしてお弁当も作ってお洒落もしたのに!』
『…は?おい、。行き成り何を言うとるんじゃ?』
『もう雅治なんか知らない!』

ブツッ。実際にはパコとボタンを力強く押す音しか聞こえなかったけど、効果音をつけるならそれくらいの勢いであたしは電話を切った。頭にかあっと血が上る感じがする。どうしても素直になれないあたしの脳内回路が寂しさと悲しさをどうしようもない苛々に変えて、やつ当たりだと分かってても隣にいるブン太を思いっきり睨んだ。すれば目があった瞬間ブン太の目と身体がぎょっと動いた。そんなに怖い顔をしてたのか、あたしは。

「ちょ、俺睨むの止めろぃ!何も関係ねーだろーが!」

何か言ってるブン太を放っておいて、あたしは早足で歩を進めた。もう目の前に迫った学校に、校門をあまり見ないようにしながら通り抜けた。さっきも思い出した雅治との思い出の欠片が、苛々している時でもどんな時でもやっぱりどうしても雅治を思い出させてしまうから。これ以上考えると強がりなあたしが崩れてしまいそうで、雅治と付き合い始めてから泣きやすくなったあたしが出てくるのが嫌だったから、とりあいず雅治を思考から排除させたくてあたしはとにかく早足で教室へと向かった。教室なら仲良しな友達がいる。何時も通りの他愛無い会話が、泣きそうな今はとても恋しいから。途中足を止めて電話をしていたのがマズかったのか、時間は遅刻ギリギリとまでは言わなくてもちょっと危うい感じでもう殆どの人がいた。そして、クラスメイトではない沢山の女子も。がらっと扉を開けば笑顔になれると思って、すっかり曲がってしまった機嫌も直ると確信していたあたしに、この展開は予想外だった。いや、予想しようと思えば安易に出来たのに、先程の出来事ですっかり頭が考える能力を失ったみたいだった。

「おはよう、さん!仁王くんは?」
「あれ、一緒じゃないの?ねー、まだかな!早く渡したいよね。」
「ねー。喜んでくれるといいなー。」

あっという間にあたしを取り囲んだ女の子の集団。元々生徒が多い立海は、クラスが全員揃っただけでもむさ苦しいっていうのに今はまさに人が溢れて大変な事になっている。そしてその理由は今あたしの目の前の女の子が口にした、間違う事無いあたしの彼氏の名前。女の子達は彼女に遠慮なんて言葉を知らないのか、それとも皆せめて今日だけでも雅治に精一杯アピールしたいと必死なのか。あたしよりも可愛くて綺麗にめかし込んだ女の子達が、あたしのよりも何倍も高価そうなラッピング用紙に包まれた可愛い包みを持って、きらきらとしっかりマスカラのついた目であたしを期待たっぷりに見上げた。この数多の視線の、思考の先にいるのが雅治なのかと思うと心の中にふつふつと黒い雨が降ってきて、あたしの考えは電話を切る直前の心情まであっという間にタイムスリップした。悲しくて、苛々す、る。

「…知らない、よ!」

思わず強くなってしまった語尾。でも言ってから後悔するほどではなかった。だって今のあたしは悲しみが上からどんどん降り積もって、そんなの気にする余裕がなかったから。肩にかけていた鞄の紐をぎゅっと握りしめて、女の子の間をかき分けて後ろのあたしの席へと向かった。あたしが言葉発した瞬間、ぽかんと呆気にとられたかのように口を開けていた女の子達だったけどあたしが通りすぎればようやくはっとしたかのように口々に文句を言い始めた。

「何その態度!誕生日祝ってあげようと思っただけじゃない!」
「仁王くんはあんたと付き合ってるけど、あんたのものなんかじゃないんだから!」
「ほんとに!今まで彼女いるからって仁王くんの事諦めてた人沢山居る事、知ってるでしょ?」
「可愛くなーい。あ、もしかして仁王くんにもう捨てられちゃった、とか?」

色んな言葉が心に槍になって突き刺さる感じがした。今まで薄々と感じていて、でも気付いてしまいたくなくてずっと遠ざけていた不安が引きずりおろされた感覚だ。今更だけど喧嘩を吹っ掛けたような自分に嫌気がさした。分かってる。素直じゃなくて全然可愛くないのも、格好いい雅治とは不釣り合いだってのも、痛いくらい自分で分かってる。だけどそれを改めて口に出される事の辛さと、クラスメイト全員にそれが聞かれたという惨めな事実で倍の重みとなってあたしに降り注いだ。さっきからずっと握りしめてたままの鞄の紐は、強く握りしめすぎて革がよれよれになってる。鞄自体も斜めになってしまったから、中に入ってるお弁当もプレゼントも台無しかもしれない。好き嫌いが多い雅治だから栄養が怠らないように、でも雅治に喜んで貰えるようにちゃんとお肉もいっぱい入れたお弁当も。ずっと前から色んなお店を歩き回って友達やブン太に相談して悩みに悩んだ末に買った、シンプルなロイヤルブルーのネクタイピンも。あたしの心も、全部ぐちゃぐちゃだ。でもせめて頑張った化粧と髪型は崩れてしまわないよう、目が潤んでしまわないようにぎゅっと唇を噛みしめた。そのとき。ずっとあたしを睨んでいた女の子達の目が驚きに丸くなって、キャーという叫び声が聞こえた。

「…ハアッ、ほんに手の掛かる姫さんじゃのう…。」

後ろから引き寄せられた、腕。耳に掛かる荒い息と、聞こえる低音。仄かに感じる熱い熱。そして、雅治がいつもつけているウィークエンドの匂いがあたしを包みこんだ。間違える筈がない、雅治だ。どうしようもないくらい大好きで大切で、今一番会いたくて仕方無かった雅治だ。

「に、仁王くん!誕生日おめでとう、これ受け取って!」
「あ、私のも受け取って!」

あたしが雅治のところに振りかえる前に、女の子達は雅治が来た事でチャンスとでも思ったのか、プレゼントを持って我先にと駆け寄ろうとした。瞬間、空気が変わったのが雰囲気だけで分かった。目の前でぴたりと止まる女の子達。皆その目には一秒前まで映ってたきらきらとした憧れとか自信とか愛情とかそういうのが混じった瞳をしていたのに、今は恐怖に怯えるかのような目になってる。驚いてあたしはすぐに雅治を振り向いた。下から見上げたその瞳は、泣きたくなるぐらい冷たい確かな拒絶の意志を持った瞳だった。雅治のこんな顔初めて見た。雅治のその視線の先にいるのがあたしじゃない事に安心したのも、初めてだった。

「俺に近寄るな。…俺が欲しいんは、こいつだけじゃ。」

言葉が聞こえた瞬間ぐっと更に引き寄せられた身体に、不謹慎にも心臓がどきんと跳ねた。かと思えば、ほら行くぞだなんて言葉零してさっと引き寄せていた筈の腕を解いてあたしの腕を引っ張り教室を後にした。雅治の姿を見ればこの寒いのにカッターシャツにネクタイしかつけてない。どうして来たのとか、何でそんな格好なのとか、どこにいくつもりなのとか。思う事も聞きたい事も一杯あるのに、あたしはなぜか抵抗せずに雅治に引っ張られるままに動いていた。玄関までくればようやく雅治の足はぴたっと止まった。ゆっくりと振りかえった雅治はあたしをぎゅうっと力任せに抱き締めた。

「嫌な予感がして、走ってきて正解。…馬鹿、何で途中で電話切るんじゃ。」
「だ、って…雅治が学校来ないって言うから!会えないかと思った…もん。」

その広い胸に寄り添うようにそっと雅治の背中に手を回した。抱きしめられればその背中に手を回すのは、例え電話の時には怒っていたあたしでもすっかり習慣となってしまったそれには購えなくて。呟くように言葉零せば、雅治は大きな溜息を吐いてからあたしの頭をぐしゃりと撫でて、もう1回馬鹿と笑った。

「だから今どこじゃと聞いたんだろうが。俺はと学校サボって1日中一緒におりたかった、ちゅうんに。」
「…嘘!そう、なの?あたしはてっきり雅治は誕生日なんかどうでもいいのかと…。」
「馬鹿。何の為に昨日あんなに計画たてたんじゃよ。」
「今日無理そうなのは休みの日にでも実行するのかと思ってたんだもん!」

雅治の言葉のせいでずっと堪えていた涙が今度こそ一筋だけ流れ落ちた。溜まっていたのは悲しさとか惨めさとかそういう類の涙だったけど、雅治のたった一言でそれは全部うれし涙に変わるような気がした。雅治は全然あたしが考えていたような事を思ってはいなくて、只のあたしの勘違いだった。実感すればするほど羞恥が募って、寒さで白くなっていた筈の頬が赤みを帯びていくのが分かった。だけど嬉しい。何もかもぐちゃぐちゃになったと思っていたのに、雅治のあたしに対する思いはぐちゃぐちゃに何かなっていなかったから。勿論、あたしが雅治に対する思いも変わる筈もない。つまりは、ハッピーエンドという事だ。ありきたりが嫌いなあたしだけど、雅治との普通なら何もかもが嬉しくて。

「…でも、来てくれてありがとう、雅治。…さっきの子に先に言われちゃったけど、誕生日おめでとう。」
「あんなん聞いた内に入らん。お前さんさえ言うてくれれば、それでいい。…な、も1回言って?」
「ふふ…ばか雅治。誕生日おめでとう…大好きだよ。生まれてきてくれて、ありがとう。」
「ああ、が居るから俺も生まれてよかったって思うとるよ。…ありがと。」

切なげな声で告げられた言葉に愛しさが溢れ出てあたしからキスをすれば、凄く嬉しそうに笑ってくれた雅治に、あたしも笑みが零れた。
こんな日でもすれ違ってばかりなあたし達だけど、曲がった道の末が全て2人の笑顔に辿り着くなら、経過の悲しみなんか気にしない。
今はただ、雅治が愛しい。












(さ、早速今から計画実行するぜよ。)
(本当に学校サボっちゃうのね。それなら昨日から言ってくれればいいのに…。)
(くく、俺が唐突な事を言うんは今に始まったことじゃないじゃろ?)
(誕生日ぐらい詐欺師をお休みしたっていいと思います!)
(それは無理なお願いというやつよ…、それよりほら、行くぞ。)
(わ、ちょっと待ってよ!)




(なあ、丸井。とりあいずこの状況の説明をしてくれるか?)
(あー、なんか愛の逃避行したっぽい。つーか何で俺…!?)
































面倒なことすべて投げ出して、
(僕は君の手を取るよ)

































Happy Birth Day Masaharu Niou!君が生まれてきてくれたこと、世界の全てに感謝します。

ハピバニオ2008さまに提出させて頂きました。参加させていただきありがとうございました^^

ハピバニオさまが大成功を収めますよう。愛を込めて!(081204)蜜蜂林檎(執筆日:081114