誕生日プレゼント何がいい?そう聞けば、突然ピアスを開けようと言いだしたのは雅治だ。真面目か不良か、と聞かれれば間違いなく不良の部類に入るだろう雅治が穴を開けてなかった事にも驚いたけどそれ以上に掛けられた言葉に吃驚して思わず情けない声で聞き返せば、雅治は企んだような悪戯な瞳であたしを見る。友達の話によるとやる人にやって貰えば全然痛くないとか色んな話は聞いた事があるけど。ピアスなんて、今まで開けようと思った事すら無い。だからどうして雅治がわざわざ自分の誕生日にピアスの穴を開けようと言い出したのかさっぱり分からなかった。それも、一緒に、なんて。 「揃いのを買って片方ずつにつけたいのぉ。」 「…………。」 「ピアスはやっぱシルバーじゃな。駅前のショップにいいのがあるけえ、そこ行こ。」 「まてまてまて。あのさ、雅治。あたしまだ開けるなんて言ってないんだけど。」 一人でどんどん話を進めていく雅治に思わず突っ込みをいれた。このままストップをかけなければ雅治は間違いなく全部押し切ってしまうと思ったから。とりあいずゆっくりと話を聞いて欲しくて、雅治の顔を見上げれば雅治は目尻を下げて見るからに悲しそうな瞳をあたしに向けてきた。―ずるい男だと、思う。傍から見ればこんなにも可愛い仕草も全て計算し尽くされた代物なんだから。この詐欺師め、なんてすっかり見抜けるようになってしまった自分に心の中で嘲笑いとも言い難い笑みが零れる。別にピアスが嫌な訳じゃない。そりゃあ痛いのは嫌いだけど、雅治が一緒って言う時点で恐れとか怖さとかは全部消えうせてしまう。だとしたら、今あたしをせき止める"想い"の正体は何だろう?何があたしに"Yes"を言わせないのか。分からないけど曖昧な部分を残したまま頷くのだけは嫌だった。 「…そんな目で見ないでよ。」 「、穴開けるの怖いんか?」 「まさか。」 「じゃあ、何で?」 首を横に振りながら答えれば雅治はゆっくりと顔を近づけてきた。さっきから相も変わらず、素直な疑問をぶつける幼子のような表情のままに。いや、雅治にとってはきっと本当に純粋に疑問なんだろう。演技がかった瞳の奥の熱く鋭い存在は隠れきらずに、真っ直ぐにあたしを見つめているから。だけど距離が縮まれば自然と浮き出る気恥かしさに、思わず目の前にあった雅治の胸に顔を押し付けた。鼻を擽るフレグランスと洗剤の匂いが心地良い。 「ていうか、何でピアスなの?」 「…聞きたい?」 やけにもったいぶった言い方をする雅治に少し苛つきながらも、こくりと頷けば雅治は上機嫌そうに笑んだ。そしてそのまま指で髪をかき分けて、そっとあたしの左の耳に触れた。細い指先で輪郭のラインを撫でられると、意識は全部左耳に集中する。雅治に触れられた部分全部が、性感帯に変化してしまいそうで少し怖かった。ぞくり、感じてしまう自分を悟られるのが嫌で唇をこっそり結んだ。雅治はゆっくりとあたしの耳に口を寄せて、囁く。 「昔のカップルはな、戦争に行く時の帰還の願掛けに互いの耳に対のピアスをしたそうじゃ。」 「…へえ。」 「また2人で寄り添えるように、と男は左に女は右に。」 「ふうん。」 「ちなみに逆耳は同性愛の象徴らしいぞ。」 生返事で答えるあたしを気にもせずに雅治は一人喋り続けた。雅治の口からそんなロマンティックな話が出てきたことにも驚いたけど、適当な返事に反して思いのほかあたしはそれに興味を持つ。面白い、と思った。対になってるピアスを片方ずつだけつけるなんて、ピアスが勝手に自分達を引き寄せてくれるとでも思ったんだろうか。いつもならそんな他力本願な考え方は好きじゃない、筈なのになぜか惹かれるのはきっとそれの対象が他でもない恋人同士だからだ。まあ、所詮願掛けだから現実的に言えば気休めくらいにしかならないと思うけど。独り言のように呟けば雅治は切なげに目を細めた。 「気休めにも縋るくらい、また会いたかったんじゃろうなぁ。」 その双眼がしっかりとあたしを捕える。普段は鋭い筈の目は泣きたくなるくらい優しくて。そんな表情に合わせて擦れた声で、俺もにまた会いたい、なんて言われればもうあたしに拒否なんて出来るわけない。そもそも最初から穴を開ける事自体に抵抗はないんだ。―そう、只雅治があまりにも嬉しそうな顔でピアスを開けようなんて言うから。嫉妬、したのかもしれない。ピアスというそんな小個体にすらも。 「…わかったよ。開けよう、一緒に。」 苦笑いで返せば雅治は満足気に目を細めた。 * それからあたし達は一緒に、雅治お気に入りの駅前のアクセサリーショップに行ってピアスを選んだ。可愛いのが沢山あって、でも雅治もあたしもつけるものだからちゃんとユニセックスなデザインのものが欲しくて、悩みに悩んだ末にシンプルなブルーシルバーの輪っかになってるピアスにした。光があたれば青に煌く、凄く綺麗なピアスだ。見てるだけで満足出来そうなくらいなのに、今からあたし達が穴を開けてこれをつけるのかと思うと心に不思議な衝撃が走った。口元が、緩む。 「何笑っとるんじゃ、。冷やし終わったぜよ。」 さっきのあたしの顔を見ていたらしい雅治は、怪訝そうに眉間を歪めながら右耳に氷をつけたままあたしの隣にやってきた。あたしはそんなににやけてたのか、じゃなくて。 「……ちょっと待って。ねえ、何で右耳冷やしてるの?」 感じた違和感に雅治を見上げた。確か、あたしの記憶違いでなければ雅治は以前ピアスの話をした時に男が左で女が右だと言っていた。そして逆耳は同性愛だと。なのに今、雅治が穴を開ける時痛くない為に冷やしているのは間違いなく右耳だ。雅治に限ってついうっかり、なんてこの用意周到な男がそんな可愛らしい事をしでかす訳がない。それに雅治は、何か身に纏う雰囲気的にも左耳にピアスが似合いそうだ。だから余計に、雅治が右に開けようとしている意図が掴めなかった。右に開けるつもり?視線に乗せて問いかければ雅治はにやりと口端を上げる。あ、企み事をしていた時の顔だ。 「前に俺がした、カップルのピアスの話は覚えとう?」 「覚えてるよ。戦争に行く願掛けで、男は左で女は右、でしょ?」 「ああ、でもそれは利き手が右の奴の話なんじゃ。左手で寄り添って、利き手で守れるように、ちゅうて。」 「…うん。」 「けど、生憎俺の利き手は左。…じゃから俺は左手で、お前を守る。」 それに普通じゃつまらんじゃろう。子供が悪戯に成功した時のような表情を浮かべて雅治は付け足した。何だか顔が熱い。凄く恥ずかしい事を言われたような気がする、けどそれにまで意識が回らないくらい心臓はどきんどきんと動いて、時折きゅんと切なくなった。素直に認めちゃうのが悔しくて、同性愛者に見られてもしらないから、と零せば雅治は「俺にもお前さんにも、いい虫よけになるじゃろ」とおかしそうに笑った。 「それじゃあ開けるよ?…失敗したら、ごめんね。」 氷でしっかり冷やされ赤くなった雅治の薄い耳に、ピアスと一緒に買ったピアッサーをあてた。きらり、と銀色に光る先端が少しだけ怖い。だけど開ける方に躊躇いがあっちゃだめだ、と思って思考を振り切るように雅治を見れば、雅治はそんなあたしを見抜いていたのか優しく笑い返してくれた。緊張の糸がやんわりと解れる。はあ、と息を吐いてから意を決して行くよ、と囁けばそっと、でもしっかり指先に力を入れた。ピアッサーは思いのほか軽くて、少し力を入れれば後は自然と進んで行って、ばちん、乾いた音が部屋に響いた。雅治の右の耳たぶの真ん中に、確かに存在を主張するものが在った。 「…開いた?」 「開いてるみたい。ね、痛くない?大丈夫?」 「わりかし平気。」 耳の裏側を見ればしっかりとピアスは貫通していた。目で確認すれば実感する、あたしが雅治の耳に穴を開けてしまったという事実が背後からぞくぞくとこみ上げてくる。これは歪みきった独占欲の一部なのか。光を受ければ確かに輝くそれは、雅治があたしのものだという証みたいで。なるほど、世のカップルはだから互いの耳にピアスを開けたがるのか。やっと納得したと同時に、それを少しだけ嬉しいと思うあたしがいた。雅治は今度はあたしの番だと言って、氷を手渡してくる。耳にあてた氷は冷たいはずなのに、なぜか全然冷たいとは思わなかった。 「そろそろよかろ?冷やしすぎても逆にあかんけえ。」 邪魔にならないように髪の毛を、さっきの雅治のそれと同様にすっかり赤くなった左耳に掛ける。すれば今更になって雅治があの時、どうしてあたしの左耳を触っていたのか分かった。雅治はずっとあの時からこの事を考えていたのだ。あの話をしたのは誕生日から結構前の事なのに、あんな時からこんなにも考えていてくれたのか。そう思えば、緊張で早まる鼓動が一度だけ切なく痛んだ。耳に、雅治の息があたる。金属があたる冷たい感触がする。そんなに痛くないから、あんま力むな。ぽんぽんとあたしの頭を撫でて不安を拭い去ってくれる雅治にしっかりと頷いてから、小さい声でお願いしますと返した。 行くぞ、と低い声が聞こえると同時にまたばちん、と音が響いた。瞬間に感じた鈍い痛みに思わず顔を顰める。痛、い。けど予想してたのよりは全然ましだった。どちらかというと強く身体の一部を打ちつけたような痛みに、思わず止まっていた息をはあと吐いた。 「…なんか拍子抜け。」 終わった安堵感からふにゃりと笑えば、雅治はじゃろうと同意しながら鏡を渡してくれた。あたしの左耳には雅治のものと同じように、真ん中にしっかりとピアスが存在している。そっと触れればほんの少しだけ痛いそれ。じっと見れば、自然と笑みが零れてきた。あたし達の愛の証が、まるで目に見える姿になったようで愛しさがこみ上げて堪らない。きっとそれは雅治も同じだと思った。雅治は、あたし以上に愛おしそうに左耳のピアスを見つめているのだから。そして雅治はそのままそっとピアスに口付けた。「ハッピーバースディ、雅治。」抱きしめればありがとさんと、言葉と同時にキスが落ちてきた。今度は間違う事無く、唇に。 |
誕生日には僕をあげるよ
(永久に君のものになると、誓います)
仁王生誕祭のラストを飾れてたらいいなと思う、お話
まあ何はともあれHAPPY BIRTH DAY MASAHARU NIOU!!永遠に大好き、です