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寒いのは嫌いだ。外を歩けば爪先や指が冷え切って死んでしまったみたいに冷たくなってしまうし、薄着をすればすぐに風邪をひいてしまう。だけど、冬は好き。マフラーの暖かい感触とか、朝一番に見る白い息とか、雪で包まれた銀世界とか。全てが淡く儚く綺麗で、どこか神秘的にも感じるから。でも一番の理由はやっぱり、単純でどうしようもないと思うけど寒さの所為にして雅治とくっ付いて居られることだ。昔ありきたりな少女漫画の典型的なラブシーンに出てきた一節みたいな事だけど、本当にそう思う。寒がりな雅治に寒がりなあたしだから余計に。
「さむ…」 コンポから僅かに音楽が流れているから静かなはずがないのに、ぽつりとベッドの上から呟いた言葉はやけに部屋に響いた。本当に寒い訳じゃない。電源を入れられたストーブはしっかりとその機能を果たしてる。なのに無意識に言ってしまったのは寒さ故に口癖になってしまったからなのか。暖かい部屋に反比例して冷たい指先のままそっと見上げた天井に向かって手を伸ばせば、脳裏を雅治が掠めた。あたしの手にその細い指を重ねる雅治の手が見えて、ぱたり、まっすぐに伸びていた手はすぐにベッドに落ちる。雅治はいつも、あたしの手を繋ぐ時はしっかりと何かを確認するように力強く握ってから指を絡めていた。その感触を余りにもリアルに思い出して、空気を握りしめる手が少しだけ寂しくて。何て言ったらいいか分からないもやもや感に溜息を吐いて寝がえりをうてば視界に入った携帯に動きは止まった。サイレントにしてあった携帯は確かに光ってる。メール、だ。 受信メールを開いた瞬間にあたしは弾かれるようにベッドから起き上がってコートを引っ掴んで部屋を飛び出した。開けっぱなしの扉からは好きなアーティストの曲が漏れている。だけどそんなのは気にしない。思考は全て、携帯の画面に映し出された4文字にさらわれてしまったから。"会いたい"只それだけが脳内を乱反射して。掛け抜けた勢いのまま玄関の扉を思いっきり開けば、暗闇の10メートルくらい向こうに雅治の姿が見えた。 「雅治!」 よく見えない夜道をいつものジャケットに黒いマフラーをつけて、相変わらず猫背で歩いてくる雅治に叫んだ。すれば下に向けられていた雅治の視線とばっちり目があって、白い電灯に照らされて雅治が口元を緩めるのが遠目でもわかる。心臓がきゅんと小さく動いた。あたしはすぐに雅治に向って走って、その細く広い胸へと飛び込んだ。 「…早いな。俺の予想では家の前辺りで会う筈やったんじゃが」 「だってメール見てすぐに出てきたんだもん」 あたしもあいたかったの。小さい声で視線は合わせずに呟けば雅治はあたしをしっかりと抱きとめた。そしてその手はあたしの頭まで伸びてきて、走ってきた所為でぐちゃぐちゃになった髪をそっと優しく撫でる。雅治の細い指の感触が伝わってきて気持ち良かった。雅治に頭を撫でられるのは凄く好きだ。自分がとても雅治に甘やかされているような気持ちになれるから。ああ、でも、今だけは制止を。 「…馬鹿」 何度もあたしの頭を髪を撫でていた雅治の手をそっと掴んで止めれば雅治は案の定、不思議そうな顔であたしを見た。普段は詐欺師と言われて読めない表情ばかり浮かべている雅治のたまに見せるこんな顔が堪らなく愛おしく思う。気を許してくれてるのかな、なんて自惚れてしまう。だけど今はそんな思考に浸っている場合じゃなくて。両手でつかんだ雅治の手は酷く冷たかったから。あたしを撫でていた左手だけじゃなく空いていた右手も掴んで両手で包み込めば、やっぱり雅治の手はあたしより大きくて入りきらなかった。それでも指先だけでも、あたしの体温をわけてあげたくて雅治の手をそっとあたしの頬につければ、冷たくて背中に一瞬ぞくり、鳥肌が走った気がした。 「こんなに冷たくなって…手袋してこればよかったのに」 何も言わない雅治に独り言のつもりで零せばふ、と小さく雅治が笑ったような気配がした。そしてすぐに今まで微動だにしなかった雅治の手が急に動いて、簡単にあたしの手を抜け出して逆にあたしの手を捕まえた。左手にあっという間に絡められてしまった指。見上げた雅治は笑っていた。 「…手袋なんかしたら、と直接手を繋げんじゃろうが」 ちと冷たいのは我慢して?そう呟いて絡み合った指の、あたしを引き寄せて雅治は手の甲に口付けた。キスを落とした唇すら冷え切ってしまっている雅治に溜め息を吐いて、しょうがないなあとぎゅうと握り返せば雅治はまた小さく嬉しそうに笑った。 (どうかもう少しだけ照らしていてほしいの)(君の顔がよく見えるように) 大好きな曲を聴きながら書いてみました |