真っ白な部屋の中にあたしは居た。周りは淡い光に包まれてて、目に映る光景はまるで古びたシネマ劇場で見る一昔前の映画のようにオレンジがかってる。部屋の真ん中に立って、時折窓の外を気にしながらあたしは只ひたすら誰かを待ってる。やがてすぐにノックの音が聞こえて、振り返ってドアを開けば雅治が居た。らしくない、優しい笑顔なんか浮かべていて。あたしがそれに同じように笑み返せば、雅治の肩からブン太と赤也が顔を覗かせて2人もあたしに笑顔を浮かべる。いつも茶目っ気のある2人も、いつもとはまた違う格別な笑顔だった。ドアを全部開けて見てみるとそこにはテニス部の皆が全員揃っていて、皆も笑顔を浮かべている。すれば雅治がブン太と赤也に何か言って皆を追い払うように手を振る、それに皆がまた笑ってから雅治は部屋に入ってきて雅治の手によって扉は閉められた。溜息を吐く雅治に皆は相変わらずだと笑うあたし。そして瞬間、雅治と目が合えばお互いに頬を緩めてどちらからともなくキスをした。まるで喜びを分け合うようなリップキスを数回、唇が離れた後雅治はあたしの耳元で何かを囁く。そこで弾かれた様に映像は途切れ、代わりに映ったのはいつも通りの雅治だった。まるで子どもみたいな寝顔にあたしはようやく"ああ、夢だったのか"と息を吐いた。寝起きの頭はいつだって擦れたマジックのように曖昧だ。まだぼーっと思考が定まらない状態のあたしの脳内には、さっきまでの夢の映像が断片的に甦る。だけど思い出してみればあたしも含めて皆が口を動かして居たはずなのに、声はなぜだか聞こえなかった。そこには確かに暖かい空気が流れていたのに、まるでリモコンで消音ボタンを押したみたいに。 「……ん、……?」 聞こえた声に彷徨っていた思考ごと雅治を見れば、目が薄く開いたり閉じたりといかにも寝起きというような表情をしていた。雅治の寝起きの声は好きだ。普段は大人びている雅治が、まるでまだ世界を何も知らない赤ちゃんのように甘えん坊に見えるから。そのくせに僅かに開いた唇とか息をするたびに震える睫毛や、首筋を流れる解かれた長い髪の毛がセクシーなんだから堪らない。まじまじと見てしまえばいつだってきゅんと胸が高鳴ってしまう雅治に、多分慣れる事はないんだろうななんて思いながら小さい声でおはようと返した。 「おはよ…、起きるが、早いな」 「うん、何か夢見ちゃって。目が冴えちゃった」 夢という単語に何を思ったのか、雅治はぽかんとしたような顔で"怖い夢?"と聞いてくる。あたしよりも随分と低血圧なこの男のことだ、きっとまだ頭が覚醒してないのだろう。その声も表情も本当に小さい子どもみたいで、あたしは小さく笑った。 「違うよ。確かによくわかんなかったけど…あ、そういえば雅治が出てきたよ?」 「…何しとった?」 「えっと…テニス部の皆が居て、白い部屋で…でも雅治が皆を追い出しちゃうの」 「…ほぉ」 「それで雅治が何か言ってたんだけど、音は何も聞こえなかったんだよね」 そこまで言えば雅治は何かを考えるように視線を外した。自分の思考に入ると目を泳がせる。あたしの前だけで出る雅治の癖だ。普段は詐欺師の異名を持つ雅治だから余計に、それを見る度に心を許されている実感が沸いてきてあたしは嬉しさで満たされる。だけどすぐに雅治はあたしに視線を合わせてから、悪戯っぽくニヤリと笑った。 「…プロポーズでもしとったんじゃなかと?」 「ふふ、だといいんだけど」 雅治の口から出てきた夢のような言葉に思わず笑ってしまえば、反対に雅治がきょとんとしたような表情を浮かべた。だってそうだ。雅治との永遠なんてまだ若いあたし達にとっては夢みたいな話。お伽噺ほど遠くはなくても、それぐらいの距離を感じるくらい遠くに見えるものなのだ。もし今日見た夢で雅治が本当にあたしにプロポーズをしてくれていたのなら、それはあたしにとって夢が夢となって齎されたということで。新年早々神様も素敵な夢を見せてくれたものだと、嬉しくて少しだけ切なかった。 「なあ?」 「ん、なあに?」 「…今年もよろしく」 ずっとここにおりんしゃい、とまだ擦れた声のまま告げた後雅治はゆっくりとあたしにキスをした。夢と同じような、優しいリップキスだった。
(いつかあたし達が夢の光景と同じように身も心も大人になった時は、誓って、そして、誓わせてね。 |