ベッドに寝転がってすでに光が落ちて黒くなった携帯の画面をじっと見つめていた。この目の前の小さな機械に望むことはただひとつだけだ。早く電話を届けろ。ワンギリでもいい。メールでもいい。ただからの"何か"が欲しくて、俺は睨むようにずっと携帯を握りしめていた。どうでもいい女や、特に親しくない友達のアドレスは全て消し去って必要最低限だけが残った携帯は、今の時刻2時25分、朝の早いテニス部の連中が起きているはずもない今の時間はすなわち俺にとって専用のものになる。ただだけを待つ、俺と携帯。夜はゆっくり更けていくのに眠れないままで。なのに携帯はいつまでたっても鳴らないままで。掛けていたジャズのCDのトラックが12番目を過ぎた頃、俺はようやく眠りについた。新聞を届ける自転車の車輪の音が聞こえたような気がした。 ** 「おい、。ちょっと来んしゃい」 「おはよう雅治。え、ちょっと、どうしたの?」 朝学校でを見つけた瞬間、の腕を引っ張って俺は近くにあった空き教室に足を進めた。いつも登校時間ギリギリな俺達を見ている人は少なくて、それに遅刻しまいと足早に過ぎていく奴らばかりだから特に気にすることもないだろう。勿論、誰に止められたところでの手を引く力を緩めはしないけど。教室に入ればすぐに扉を閉めて、の背中を思い切り背後の扉に叩きつけた。どん、と振動で扉と窓が揺れる。 「いたっ!何するのよ、雅治!」 「それはこっちの台詞。…お前、昨日何してた?」 「え?何でいきなり」 「何してたって聞いとるんじゃ」 の言葉を遮って淡々とした声で告げると同時に、左手を音をたてての横の扉にぶつけた。またどんという音とともに、1番に当った肘がじんじんと痛む。だけどそんな痛みは大した事無い。今集中すべきは目の前のより他に、無い。身体を寄せることでぐんと近くなった距離のまま、を見つめた、睨んだ。 「昨日は、と電話しててその後すぐにお風呂入って寝たけど…」 「何時?」 「…11時前」 何でそんな事聞くの?いつもより格段に小さい声で、怯えた眼差しで俺を見上げながらが言ったその言葉に俺はムカついて、笑う。がえ、というような目をした瞬間に俺の空いていた右腕は風を切って扉を殴りつけた。最初の2回よりも特別大きな音がしたからきっと廊下にまで響いたんだろう。ビクンと震えたの顔を見れば目には完全に"恐怖"を映し出していた。本当に、コロコロと表情の変わる奴だ。 「何で、なぁ…?昨日俺が言った事忘れたんか?」 「…っえ?嘘、何言ってた…?」 「"夜必ず連絡しろ。"…言ったよな、ちゃんと」 「ご、ごめんっ!からの電話ですっかり忘れてて、それでっ」 「言い訳なんか聞かん」 意図的に声を低くすればまたの肩がビクリと揺れた。見上げる瞳は恐怖からか、いつもよりほんの少しだけ大きくて、うっすらと涙で潤んでいた。可愛い、。元々近い距離を更に顔を近づけて、触れるか触れないかの距離のまま今度は優しめの声で「なぁ、?俺が昨日何時まで待ってたか分かる?」と囁けばは小さく首を横に振った。ふわり、とシャンプーの匂いが香ってまた口元が僅かに緩んだ。 「4時前。お陰で朝練に遅刻寸前だったんじゃよ?どうしてくれるん?」 「…っごめんなさい。あの、あたし」 「言ったじゃろ?言い訳は聞かん」 強い口調でまた言葉を遮ればは今度こそ口をつぐんで視線を下げた。よく見れば肩はへたれて、鞄を握りしめる手はやけにきつそうだ。その小さな身体全体で恐怖を表しているに、俺の左手はゆっくりと扉から離れた。このまま頬を殴ればはどうなるだろうか。思考が、揺れる。きっとは確実に泣くだろう。俺はを、泣かせたい。なかせたい?決着はつかないままに、左手はふっと風を切って、 「愛しとうよ、。今日はちゃんと出来るよな?」 の頬の直前で止まり、そのまま優しく頬を撫でた。顔をあげさせて視線を合わせればその身体と同じように酷く怯えたの瞳に俺の中の俺が笑った。多分、俺のこの手がを殴る日は遠くない。 (俺の身体も、左手も、君も、全ても、) 仁王に愛され過ぎたヒロインちゃん |