もう疲れた。毎日同じ景色も、ずっと目には眩しすぎた白のシーツも。その白の中に在るを見るのも、何もかも。俺が外の雨に向かって呟けば、後ろから俺の名を呼ぶ声がした。

「仁王、君」
「…柳生か。久しぶりじゃの」

よく聞いていなければ誰のものかわからなくなった柳生の声が、会わずにいた時間を物語っていた。また低くなった声に伸びた髪。柳生は随分変わった。柳生だけじゃない、この間来た幸村も真田も、丸井も赤也すらも。昔、肩を並べて歩いていた仲間達はもはや面影の中でしか色付いて見えない。世界はそうやって俺と、―俺達とは無関係に進んでいく。俺の時間は少なくとも、3年前に止まったままだ。

「お久しぶりです、仁王君。また…少しやつれたんじゃないですか?」
「何を今更、痩せとるんは元々じゃよ」

ははっと笑えば柳生は閉口して、静かな沈黙が流れた。会話が続かない。親友と言っていいほど親しくしていた柳生が相手でも、"たわいない"会話が出てこない。すっかり変わってしまった自分に小さく息を吐けば、雨を眺めていた視線をベッドの上のにやった。部屋は、静かだ。白、白、白。360度どこを見回しても同じ色しか映らない。そんな殺風景な部屋に居ると、たまに世界が四方から狭まってきているかのような錯覚を起こす。もうずっと長い間、外を歩いていない。ただ一つ分かったことは、太陽を直に浴びなくても、空の下に出ていなくても人間は死なないということだ。俺は死なない。だけど、大きな何かを失くしたような気がする。気がする、だけで明瞭なそれは輪郭さえ現れそうにはないのに。


―時々、2つの大きな欲望が心臓の周りを旋回する。"どうしてももう一度の笑顔に会いたい。声が聞きたい。俺と同じ想いだと、ちゃんと目を開けて言って欲しい。""もう何もかも耐えられない。どうせなら俺の手で、陰りを払ってを、いや、俺自身を楽にしてやりたい。"どこかの映画で見たような、今はもう笑えないハッピーエンドを渇望する俺と、何もかも捨て去ってしまいたい衝動が重なって消えない。


ぼんやりと、最近よく考えることを思っていると柳生が動いた気配がした。コーヒーでも入れてきますね、と小さな声で告げる柳生に頼むと視線を向けずに答える。

―カシャン。

何かが弾かれたような音がした。振り返れば柳生のスリッパが何かを蹴ってしまったらしい。

「すみません、足元をよく見ていなく、」
「別に構わんが…柳生?どうした?」

途中で止まった柳生の声に何かあったのかと座っていた椅子から立ち上がって柳生の方に向かえば、柳生は足元に転がっていたものを拾い上げて表情を強張らせていた。普段はポーカーフェイスやったくせに、いつから感情家になったんだろうか。

「仁王、君…!これは、」
「…俺じゃなかよ、どうして俺がやるんじゃ?」
「で、も…それでは、どうして…?」
「俺は、"俺"の生きてる証なんかいらんよ」
「……、まさか!」

柳生がのベットへと駆け寄って、パジャマの袖をゆっくりと捲くる。瞬間、柳生が息を飲む音が聞こえた。の真っ白な腕には無数の切り傷が沢山在った、から。勿論、全部一つ残らず俺がつけたものだ。

「どうして、こんな、」

泣きそうな声を上げる柳生に視線はやらずに顔を下げたまま呟いた。
一人でずっとこの部屋におって、微動だにせんを見てるとな、時々ふと、これはじゃなくての死体なんじゃないかと思う事があるんじゃ。の体があまりにも白いから。心臓はちゃんと動いてるし、自分でも馬鹿だと思うけどな。でも、1回思い始めたら不安で不安で怖くなってきてどうしても耐えられんくて、気付いたらカッターで切っとった。最初は自分が何をしとるんか分からんだから死ぬ程驚いた。でも、ゆっくり垂れる赤を見とったら、なんか凄い安心したんじゃ。が、―

「生きとるって感じがしてな」

あの瞬間があるから俺は笑い方と泣き方を忘れないんだと思う。それがなかったら、きっと"それ"すら失っていた。

言葉を失った柳生の横を通り過ぎてのベッドの横に腰を下ろせば、今日もいつもと変わらないの顔があった。何も変わらない。は今日も昨日も一年前も変わらずに居るのに、俺だけが、変わっていく。そっとの頬に手を添えると、俺より暖かい体温に何かがこみ上げてくる感じがした。

「なあ、…お前なら、耐えられたんかの。俺のいない時間を」

今はもう、赤だけが俺を繋ぎ留める。




君を




かみさま






TITLE:"ELI, ELI, LEMA SABACHTHANI?"わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか(DEATH)
major arcanaさまに提出いたします。楽しく書かせて頂きました。ありがとうございました。(100309)蜜蜂林檎

本来は企画サイトさまにUPされるまで自サイトには載せないというお約束だったのですが管理人さまと連絡がとれない状態になってしまいましたので、折角書いた作品ですし更新させて頂きました。もし管理人さまが此方を見られましたらご連絡頂ければすぐに謝罪と掲載の中断をいたしますのでご一報下されば幸いです。(100625)蜜蜂林檎