腹にストレートに入る膝。細いのにどこにこんな力があるんだろう、なんて飛ばされながらいつも考える。結局その疑問はいつも、ああそうかテニスで鍛えているからね、の自己解決で終わってしまうのだけれど。そんな余計な事を考えていたら、自分を見ない私にいらついたのか、冷たい冷たい雅治の声と一緒に右肩を蹴り上げられた。 「なんじゃ、また他の男の事でも考えとったんか?」 蹴られた勢いで床に背中を強打して、咽る肩。込み上げる咳と痛みで声が出せないでいる私に、雅治は詰め寄って私の腕を掴んだ。骨まで捻りつぶしてしまいそうな程の力に、痛い、と叫んでも雅治は止めないで、そのまま腕ごと私の体を本棚の方へと投げ飛ばした。がしゃん、と揺れる本棚。落ちる本とCDは全て私の頭やら肩やらにぶつかった。捻られた左腕が、投げられた背中が、蹴られた腹が、体中がじんじんと悲鳴をあげて痛かった。ぱたり、と私が投げられた衝撃で落ちた本が閉じる音と同時に部屋はようやく静寂に包まれた。ただ私と雅治の荒い息遣いだけが、聞こえる。私は霞む目で雅治を見上げた。雅治の顔はさっき私を殴っていた時とは別人のように弱弱しくて、その瞳には涙が滲んでいた。私がまさはる、と名前を呼ぶと彼は崩れ落ちるように膝をついて、這いつくばりながら私のところまで来て、そっと飛び散った本やらCDやらをどけてくれた。 「…っ…、すまん」 私の体に乗っていたものを全てどかすと、雅治は震える声で言葉を口にした。声と同時に私の体の上に涙が落ちていった。 「すまんっ…俺、また、」 ぽろぽろと落ちる涙に、私は痛みも忘れて目の前の雅治を抱きしめた。四つん這い状態になっていた雅治は崩れるように私に倒れ、腕を背中に回して緩い力で持って私を抱き返した。私のシャツを握る手はふるふると震えている。 「もうやらんって言ったのに…、を傷つけたい訳じゃ、ないんに」 鼻をすすりながら、涙を流しながら、まるで小さな子供が怒られた弁解をするように私の胸に顔を擦りよせて言葉を紡ぐ雅治。 「だめなんじゃ、俺…。が、近くに居ないと、不安で、しょうがない」 おれをおいていくんじゃないかって。途切れ途切れに声はすっかり涙に包まれていて、きっと傍から見たら雅治の声には聞こえないんだろう。何度も繰り返された暴力に、その後にくるこの行為。私はそしていつものように雅治の頭にそっと手を伸ばして、その柔らかな髪を出来るだけ優しく撫でた。そして雅治の頭を抱きしめて、まるで聖母にでもなったかのような気持ちで囁いた。 「泣かないで、雅治、いいんだよ」 だって、だって雅治をそんな風にさせたのは私なんだもの。雅治の前でわざと男の子と話したり、仲のいいところを見せつけたりして。わざと雅治がこうなるようにしむけたのは、私。嫉妬深い雅治は、だから私に暴力を振る。勿論蹴られるのは痛いし怖いし傷だって残っちゃうけど、いいの。私、嬉しいの。だって雅治はそれだけ私を愛してくれてるって事なんだもの。雅治が私に暴力を振るえば振るうほど、雅治の中に罪悪感が募って彼を雁字搦めに縛り付けてくれる。彼が私に傷をつけるほど、彼は私に依存してくれる。私にとっては、雅治が依存してくれることが何より嬉しいの。こんな体の痛みなんか、気にならないくらいに。彼の涙が私を想っての涙だと思うと、喜びに胸が震える。赤ん坊のように私にしがみつく雅治を、心底愛しいと思う。 「ごめん、、俺の事、嫌いにならんといて…っ、」 おれをおいて、いかんで。あいしてる。うわ言の様に繰り返す雅治に、私も愛してるよとキスをした。 Devil in the room. ねえ、いつか私を殺してね?そして私を追って、死んで。 |