頬を撫でる冷たい風にもう秋だなあなんて感じながら ぺたん、と風で冷えたベンチに腰を降ろした。 途端にくしゅん、と響いた声。 鼻を啜りながら明日からカーディガンを着てこようと思っていたら ようやくお目当ての彼が登場した。 「、待たせて悪かったの?寒かったか?」 ゆっくり歩いて来たくせに気遣いの言葉をくれるなんてなんだか矛盾してると思いつつ あたしはんーん、と首を振って立ち上がった。 「手、冷えとる。もう秋じゃのう・・・」 あたしの手をさっと掴んで呟いた雅治。 さっきのあたしと同じことを考えてくれたようで、 人並みな台詞でも、何だか嬉しかった。 「ちょっと寒くなってきたねー。・・・雅治、ココア飲みたくなってきた」 「ん、なら帰りに買っていくか」 「ありがとー」 コンビニで買ったココアの粉と鞄を片手に、もう片手には雅治の温もりを あたしは何だか自分がオモチャを二つ手にした子供みたいで嬉しかった。 雅治が、ガチャンと家の鍵を開ける。 聞きなれた音と見慣れた仕草に興味を傾けながら、 改めて目の前に立つ雅治の肩の広さを感じていた。 再び、ガチャンと扉の閉まる音。 それと同時にあたしはすぐさま靴を脱いでキッチンへと小走りした。 勿論、リビングに鞄を放り投げておくのを忘れずに。 そんなあたしの様子に雅治がくくっと笑っているのを背中に感じた。 コンビニのもうお馴染みの白い袋からドン!とココアの袋を取り出す。 なんせ今年の初ココア。ブレザーごと腕まくりをして少しだけ気合が入ったり。 冷蔵庫から牛乳を取り出して、小さめの鍋に注ぐ。 後ろから雅治が「相変わらず凝ってるのう。」と呟いたけど あたしはお構いなしに鍋をコンロにかけた。 少しずつ暖まる毎に、ほんのりと香る牛乳の特有の甘い香り。 膜が出来ないようにとちゃんとスプーンで混ぜながら それと同時にココアの袋をそうっと開ける。 大好きなチョコレートを細かく砕いたかのような、 綺麗なブラウン色の粉末には、甘い香りがよく似合ってた。 そっと温まった牛乳にココアの粉を入れる。 真っ白な液体が少しずつ暖かみを帯びたブラウンに変わっていく様子に あたしは思わず頬が緩むのを感じた。 出来上がったココアを二つのマグカップに注いであたしはリビングへと戻った。 「出来たよ〜」 「お疲れさん、こっちも準備完了ぜよ?」 ニヤリと笑った雅治の目の前には、ずらりと勉強道具が広がった机。 思わずゲッと苦笑したら雅治はまた笑った。 コトン、と机にマグカップを置いて雅治の隣に腰掛ける。 「どーしてもやらなきゃダメ・・・?」 「ダメ。もうすぐテストなんじゃから・・・またの追試デートはご免ぜよ」 ふ、と溜息を吐きながら雅治がマグカップに手を伸ばす。 あたしもまだ熱いココアを一口だけ飲んでから、シャーペンを手に取った。 さっと開いたのは数学の問題集。一番複雑で一番面倒な代物。 スッと最初の問題に手を伸ばすけど、暫くして手が止まった。 分かんない。 雅治に視線で訴えてみても、「少しは自分でやりんしゃい」の一言のみ。 そんな事言われても分かんないものは分かんない。 延べ十分くらいそのポーズのまま固まってうんうん悩んでも、やっぱり解けない。 こんな細糸がこんがらがったような問題は嫌い。 もっと単純明快なのが良い。 例え、それじゃあ問題の意味が無くなっちゃっても。 もう降参、とでも言う様にこっちを見上げてきた。 上目遣いは可愛いんじゃがの、と心の中で密かに溜息を吐いて 自分もシャーペンを手に取り、問題に手を伸ばす。 見たところ基本問題は解けている。どうやら、が解けなかったのは文章問題。 数学の最大の要であろう、この問題。 「・・・相変わらず文章問題苦手じゃのう。こんなのは一つずつ解けばええんじゃよ?」 「一つずつ・・・なんてそんなにいっぱい出来ないもん。不器用な女ですから!」 「そんなコントみたいな台詞言われても一つも笑えんぜよ」 「ちゃん一途な女なのー」 「知っとる」 頬を膨らませて言ったの言葉に、思わず笑みが零れた。 「さ、問題解くぜよ?解き方教えてやるけえ」 俺が言うと、は拗ねたようにジッと俺の顔を見つめた。 の視線を真っ向から受け止め、「何じゃ?」と首を傾げた。 「もー、数学ヤダ・・・別の事したいよー!」 どうやら、は本気で嫌になってきた様子らしい。 眉間がいつもよりちょっとブサイクになっていた。ま、可愛いが。 「別の事、って何がしたいん?」 は少し悩んでから、控えめに答えた。 「例えば・・・キスでもしませんか?」 行き成りの言葉、暫く拍子抜けた様に自分の目がぱちくりしてるのが分かった。 でも俺もそこまで純情でも無く、すぐに状況を判断してニヤリと口角を上げた。 「ククッ、ほんに単純明快なのが好きなんじゃな・・・?調子狂いそうで怖いぜよ。」 「だってー・・・複雑なのは面倒だもん。」 へらりと笑った、その微笑みは計算なのか、天然なのか。 よう掴めん女ぜよ。 するりと腕の中から抜けていき、またするりと入ってくる。 そう考えると今の季節の風に似ている、と少しだけ思った。 「嫌いじゃないぜよ、そういう素直なとこ」 「あれ?雅治の好きなタイプは『駆け引き上手な人』じゃなかったっけ?」 「駆け引き上手と頑固とは違う」 コトンと持っていたココアを机に置いて、 まだ甘い匂いが僅かにするの唇にそっと口付けた。 単純明快なのが良い。 その方が、逆に幾数もの策を突っぱねる時もあるものだ。 ------------------------------------------------------- 主体が何なのか分からなくなってきた。(笑) |