P.S.
向き合ってしまいたい。一緒に前を見つめる方が恋人同士には必要だって、どこかの人の名言で聞いたことがあるけど、顔も中身も知らない人のそんな言葉に納得なんか出来ない。彼の瞳にあたしが映っていないのが嫌だ。彼の思考にあたしが入っていないのが嫌だ。彼という存在の中にあたしがいないのが、何よりも嫌だ。たとえそれが一瞬だって、悲しくて苦しくて胸の奥が堪らなく痛くなる。どんな時だってあたしを忘れないで。いつだって愛を伝えて。もう手を繋いで隣を歩くだけじゃ、足りない。

「俺の夢はな、もっとでかいねん。こんなちっこいとこに収まってるんやなくてな。世界を見渡したいんや」

いつか侑士が夢の話をしてくれた時。肩を並べて寄り添って手を繋いで。真っ暗な部屋の中で侑士は誰にも話した事がない自分の夢の話をしてくれたよね。いつもは大人っぽい侑士がほんの少しだけ子供みたいに見えて、凄く可愛くて大好きだなって思ったの。だけど夢を話す侑士があまりにも嬉しそうで、輝いていて、何だか近くに居るのに侑士が遠くにいるような気がした。その瞳に映っているのはきっと夢を叶えて幸せになっている未来の侑士の姿で、あたしじゃないんだと思ったら。誰よりも大切な侑士の夢なんて、叶わなければいいのにって思っちゃった。だって、そうすれば侑士は絶望の底からあたしの名前を呼んで、あたしに縋ってくれるでしょ?俺を助けてくれって、あたしにしがみついて。惨めになった侑士を包んであげたいって、そう思うのは侑士を心から愛してるからだと思うの。

「なあ、何怒ってんねん。あんな女子達気にせんとけばええやろ?俺が好きなんはお前だけなんやから」

応援に来てた女の子達に嫉妬した時も、侑士は優しく頭を撫でてくれて、安心できるあの声で囁いてくれた。何度も何度も、だけや」って、「可愛えな」ってキスしてくれて。いつのまにか流れていた涙が止まったのは、侑士の優しさのお陰だったのかなって思うよ。だけど、あたしは本当に許せなかったの。あたし以外の女の子が侑士を見てるっていうことが、凄く嫌だった。普通に暮らしていく中で女の子の視線を避けるなんて、絶対に無理だってわかってるのに。それじゃあ普通の生活じゃなきゃいいのかなって。侑士をどこか誰の目にもつかない、あたししか知らない場所に閉じ込めちゃえばいいのかなって、思って。正真正銘2人だけの生活。凄く素敵だと思うの。お互いしかいらなくなって、お互いしか見えなくなる。こういうのを至上の愛っていうんだよね?

「ん、うまい。の手料理は最高やな。ずっとこればっか食うとりたいわ」

侑士の誕生日に初めて自分で作った料理を食べさせてあげた時も、侑士は満面の笑みでおいしいって言いながら全部食べてくれたよね。「さすが俺の未来の嫁さんやな」って、そう言ってくれた時は本当に嬉しかった。でも、全部の料理を平らげていく侑士の姿を見てると、何だか、侑士が食べてる姿が嫌だなって思っちゃったの。侑士の食べ方が汚いとか、そういうのじゃなくって。何ていうんだろう。当たり前だけど、料理は侑士が食べると侑士の体の中に入っていっちゃうでしょ?これはあたしが作った料理だけど、"あたし"じゃないから。結局侑士の中に入って行ったのはあたし以外のもので。あたし以外のもので満たされている侑士を見てると、何だか哀しくなった。凄い嫌だった。嫌だって考えると、侑士が呼吸する空気さえも、嫉妬の対象になってた。やめて。何も侑士の中に入らないで。だって、彼は、あたしのものだよ。

「そのキスは彼を殺害しました」

ねえ、侑士。だいすきなの。あたしは本当に侑士を愛してるの。だからいつもあたしを見ていて欲しいの。あなたを満たすのはあたしだけでいいし、あたしを満たすのはあなただけでいい。だから、むきあっていましょ。前なんて見てたら余計なものが2人の間をひきさいちゃうかもしれないから。