ふわり、と金木犀の香りが鼻に付くのが分かった。
秋ならではの香りに思わず目を細めて、私はお弁当を片手に嬉しい気持ちで一杯だった。
金木犀の香りは好き。甘く、この身体に纏わり付くような淡い香りは小さい時からのお気に入りだった。
だから何時も季節が巡って秋が来るのを楽しみにしていた。
梅雨は雨がうざったいし、夏は暑苦しくて夜もまともに寝付けない。
冬は雪が降って綺麗だけど独り身には寒くて凍えそうだし、春もイマイチ。全て嫌いとまではいかないけど。
それに秋は食べ物が美味しい。食べる事が大好きな私にはもう文句のつけようも無い季節だった。





金木犀の香りにつられる様にどこへ行くでも無く足を進めていれば、1本の木を見つけた。
綺麗な黄色に染まった金木犀の小さな花が咲き乱れる、小さな小さな木。
匂いの根源は此処からだったのかと木を見てまた私の頬が緩むのが分かった。
それと同時に今日のお昼ご飯の場所が決定した。あの木の近くだ。
今日は何時も一緒にお昼を食べてる麻衣を、行き成り我が侭な彼氏が連れてっちゃって一人になっちゃったけど
大好きなお昼ご飯の時間を大好きな金木犀の香りの近くで過ごせるなんて最高だ、
と私の寂しさはどこかに吹っ飛んでしまった。

そろそろお腹も空いてきたし、早くご飯食べようっと。

そう思った私は小走りで金木犀の木の元へと向かった。
ちょこんと金木犀の木の前に座って早速お弁当の包みを広げた。
うん、今日もお母さんは期待通り私の好きなものを入れておいてくれたみたいだ。
そんな小さな事も今は堪らなく嬉しく感じた。こんな時本当、人間って現金なものだなあって思う。





いただきます、と小さな声で呟いた私は金木犀の香りを背に感じながらお弁当を食べ始めた。
やっぱりいつもより美味しく感じるのは金木犀のお陰だ、と思った。
メインディッシュの唐揚を食べようとお箸を伸ばすと、ふと後ろから人の唸り声みたいなのが聞こえた。





「・・・ん・・・・・・・。」





思わず肩をビクッと震わせた。慌ててお弁当を膝に置いて辺りを見回す。
当然の如く私の周りには誰もいなかった。聞こえるのは静寂に響く風の音ぐらいで。
でも聞き間違いでは無かった。あれは絶対に誰かいた、と思う。
私はお弁当を一度下に置いてそっと立ち上がった。そしてゆっくりと音を立てないように金木犀の後ろ側を覗いた。
金木犀の後ろには、綺麗な綺麗な赤色の髪の男の子が一人眠ってた。





つい驚いてまじまじと顔を見つめてしまう。凄く可愛い寝顔をした男の子。
でもやっぱり私の目に1番最初に留まったのは、鮮烈な赤。
真っ赤な色が綺麗に染まった髪の毛は、大好きな金木犀よりも何倍も鮮やかに見えて。
ひらりと秋風によって彼の髪の毛に一つの金木犀の花びらが落ちたけれど、
そのオレンジ色は尚も真っ赤な髪を惹き立てるだけだった。




確かこの真っ赤な髪の毛の男の子は、男子テニス部の丸井ブン太君だった筈。
対してスポーツに興味の無い私でも知ってるくらい、テニスが強くて格好良いと有名な子。
こんな子でもこんな所で寝てたりするんだなあと思っていると、
急に今までずっと眺めていた丸井君の瞳がぱちんと開いた。
思いっきり目があって何だか気まずいような、恥ずかしいような、変な感じが身体を走った。
むくりと起き上がった丸井君はぽりぽりと頭を掻きつつ私の方を見て言った。





「・・・ったく、何時まで見つめてるつもりだよ?幾ら俺でも寝顔は恥ずかしいってのー。」





今の丸井君の台詞に私は固まった。
一体いつからだろうか?彼は起きてたのだ、それも今の言葉を聞くと結構前から。
という事はすなわちずっと彼の顔を見惚れてたのもバレている訳で、
急に恥ずかしさが込み上げてきて顔がかあと熱く熱を持つのを感じた。
恥ずかしくて、恥ずかしくて、居ても経ってもいられなくて。




「ご、ごめんなさいっ・・・!」





まさしく捨て台詞と言うのを吐いて、私は一目散に駆け出した。勿論お弁当を掴むのを忘れずに。
後ろから丸井君が「あっ、待てよ!」と言ったような気もしたけれど、あのままずっとあそこに居たなら
本当に顔が林檎のようになってまともに話も出来ないと思ったから。今も十分赤い様な気もするけど。
一体何分間見つめていたんだろうか、ずっと目が離せなかった。





綺麗な赤色の髪の毛と彼の寝顔は、未だ走り続ける私の脳内の片隅に鮮烈な痕を残していた。
































歩みくるものは、運命
        (まさにその瞬間)





























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(知らなかったこんな感情初めてだった