ギィィといかにもな音を立てて扉は開いた。
古い木の匂いがするその扉は、想像以上に重くて少しずつ見えてくる教会内がやけにゆっくりに感じる。
やっぱり教会なんて中々慣れるもんじゃない、しかもこんな格好だ。落ち着ける訳も無くて。
後ろ手に扉を閉めると、私が拍手の嵐に包まれるような錯覚が頭を過った。
それは本当に夢のような一瞬だけの淡いものだったけど、私は酷く幸せな感覚に陥った。





教会内を一度見回してから、ゆっくりと足を正面へと進めた。
コツン、コツンと慣れないヒールの響く音が教会内に木霊するように残っていく。
いつもなら耳障りに感じるその音だけど、今日だけは何故か心地よく感じた。
一番端、何処の教会にもあるイエス・キリストの像の前に立ってそれを見上げると、
丁度キリスト像の後ろにあったステンドガラスから差し込む光が私の視界に移った。
思わず眩しさに目を逸らしてしまったから、キリスト像の表情は逆光の所為でよく見えなかった。





再度ギィィと木の扉を開ける古びた音が後ろから聞こえた。
扉は直ぐパタリと静かに閉められて、コツンコツンと私の時とはまた違う足音が教会内に響き渡る。
足音の主は後ろを振り返らなくても分かる、私の一番愛しい人。
やがて響いていた音は私の後ろで止まった。音が止まると同時に私の身体を後ろから温かいものが覆った。
大きくて広い肩が私の肩を覆って、スラリと伸びた腕はいとも簡単に私の身体をその胸に閉じ込めてしまう。
私はゆっくりと身体をその温かくて広い胸に預けた。





「綺麗だ・・・。」





先生は私の首元に顔を埋めながら、消えそうな程に小さい声で囁いた。
そしてそのまま首元に強く吸い付いた。きっと私の肌には少々目立つ赤い痕が付いてるのだろうと思った。
それに今日は、真っ白なドレスを着ているのだから尚更目立つかもしれない。
でもそんな事は微塵も気にせずに更に痕を残そうとする先生に、私の胸は切なく音を立てて痛んだ。
ぎゅ、と回された腕を両手で掴んで先生に顔を向ける。





「ね、一回離して?私だって先生の格好見たい。」





まるで子供をあやすかのように囁いた私に、
先生は最後に私の首元に残した赤い痕にちゅとキスを落としてから私を離した。
私の身体を閉じ込めていた腕が緩めばすぐに身体の向きを変えて先生に向き直った。
私の目の前に立っていたのは、私とは違う真っ黒なスーツを着た先生。
ああ、やっぱり先生は黒が一番似合う、と余りに綺麗な先生に思わず目を細めてしまう。
そしてすっと右腕を差し出して先生を見上げた。





「先生、腕出してみて?」





ほら、と先生の左腕を空いている手で小突けば先生は不思議そうな表情を浮かべながらも腕を上げてくれた。
真っ白なドレスと同色の手袋を身につけた、私の右腕。
真っ黒なスーツに包まれた細いけど逞しい、先生の左腕。
並んだ二つの色は見惚れてしまうほど綺麗で。
どちらもステンドグラスから差し込む光によって、敵対するかのように煌びやかに見えた。





やがてどちらからとも分からずに、ほぼ同時に私達は抱き合った。
強く、強く。このまま世界の終わりが来てしまっても離れない程に強くお互いを抱き締めた。
先生の胸に強く顔を埋めれば、自然と香る先生の香り。ああ、この香りが大好きだった。
顔を上げて先生を強く見据える。と、自然と唇が近寄って深く絡み合った。
息の付く暇も無いくらいに、深く。いっそこのまま時が止まってしまえば良いと心底思った。
はあ、と息苦しさに唇が離れたと同時に、私の唇と先生の唇を繋ぐ細い銀の糸が伝った。
でもそれはすぐに光によって見えなくなってしまう。まさしく今の私達を指しているみたいで少し怖かった。
糸が切れる事によって弾かれるように離れた私は、最後に優しい微笑を浮かべてからそっと先生の頬を撫でた。





「幸せになってね、太郎さん。」





そして私は、先生の返答も待たずに走り出した。もっと早く走りたいのにスカートが邪魔だった。
けれど先生は私を追わない。最後に、木の扉の音が静かに教会内に響いた。

































歩みくるものは、運命
(そう、これで良かったの)





























-------------------------------------------------------
(後悔なんかしてないわこの涙は気の所為だもの