「ピンポーン。」 朝っぱらから勢いよく家の玄関からチャイムの音が鳴り響いた。 今日は、日曜日。久しぶりにテニスの練習も休みで、朝が弱い俺にとってはこの上無い程に有難い日。 そんな時にこの如何わしいチャイム、安眠妨害も良い所だ。 初めは無視しようかと思ったがチャイムの音が二度、三度鳴り響いた時俺のイラつきは最高潮になった。 がばっと布団から起き上がって乱暴に部屋を後にする。 もう玄関の前に居る人物に一言ぐらい文句を言わないとさすがに気が済まないくらいに俺はイラついていた。 「良い度胸じゃのう、この俺の家に朝っぱらから尋ねて来るとは・・・覚悟は出来てるんじゃろうな?」 何時の間にか成長期を過ぎた喉が精一杯低い声を目の前の人物に浴びせる。 しかし俺の目の前の人物はちっとも怯える様子も無く、寧ろ呆れるかのように俺を見ている様子で。 元々猫背気味の背をすっと伸ばして目の前の人物の顔を確かめると、それは紛れも無く俺の彼女であるだった。 しまった、という考えが頭を過ったが時既に遅し。 はムスッとした表情で腰に両手を当てて俺を見据えた。 「覚悟は出来てるんじゃろうな?じゃないよ雅治! 全く、朝っぱらから彼女にこんな罵声浴びせる彼氏初めて見たよ!」 は先程の俺の態度に大層ご立腹なったようで。 俺の頭はついさっきまで心の大半を占めていたイラつきはすっかり消えて、 今は目の前の姫のご機嫌をどう直そうかとフル回転していた。 「罵声浴びせたのは謝るけどの・・・こんな朝っぱらから連絡無しに来るもぜよ。 一体何しに来たと?俺が朝に弱いっちゅうんはが一番良く知っとるじゃろう?」 は俺の言葉にうっと顔を歪めた。でも次の瞬間ぐっと俺を見て言った。 「何しにって・・・雅治が久しぶりに練習休みなんだから、一日中一緒にいられると思ったんだもん・・・!」 それに連絡しようと思ったけど、昨日のメールも雅治から終ったんじゃない! と言われたらさすがに俺も反論の仕様は無かった。 確かに今俺の部屋にある携帯には、俺から寝る事を告げたメールが送信済みBOXに入っている筈だ。 そして何より目の前のの表情。 頬を真っ赤にして告げてくれた言葉はよくよく思い返してみればかなり嬉しい事で。 思わず俺の頬が緩んでいくのが分かった。目の前のがどうしようも無く愛しく感じた。 「はいはい、わーったぜよ。今回のは俺が悪かった。 会いに来てくれて嬉しいぜよ。ほら、中に入りんしゃい。」 ぽんぽんとの頭をいつものように撫でて、出来るだけ優しい声でに告げてやる。 するとは膨らませていたまだ赤みを帯びた頬を嬉しそうに緩ませて、こくんと頷いた。 こんな小さな事で表情をくるくると変えていくにまた小さく笑みを零して、俺はを家に入れた。 最初は荒々しく閉めていたドアをゆっくりと閉めてから、俺はに「先に行っとき」と告げてキッチンへと向かった。 一度、二度、三度、はチャイムを鳴らしている間ずっと外で待ちぼうけを食らっていた筈だ。 これぐらいはしてやらないとなと小さく心の中で囁いて、が好きだと言っていた紅茶の葉に手を伸ばす俺がいた。 俺の部屋へ行くとは俺のぐちゃぐちゃになっていた布団を直してくれていた様で、 綺麗になっていた俺のベッドの上に、がちょこんと座って俺の方を見ていた。 は俺が部屋に入るとすぐに匂いで自分の好きな紅茶だと気付いたらしく、 立ち上がって俺のところまで駆け寄り嬉しそうに笑った。 俺は部屋の真ん中にあったテーブルに持ってきた紅茶を置いてその横に腰掛けた。 どーぞ、と手で促すとはすぐに紅茶に手を伸ばしてその匂いを楽しんでいた。 「いい匂いー・・・、雅治ありがとうね!」 たかが紅茶を入れるぐらいで姫の機嫌が直るなら容易いもんだ。 ほんに安上がりなヤツ。こんな紅茶程度で嬉しそうに表情を変える。 ふーふーと紅茶を冷ましながら飲んでいるのを横目で見ていると、がふと目の前を見て「あ」と小さく零した。 紅茶をテーブルに置いて立ち上がって窓際まで行くに首を傾げつつ、俺は紅茶に手を伸ばした。 まだ喉に入れるには少々熱い紅茶を少しずつ口に含みながら、やや見上げるようにを見つめていると はシャラとカーテンを引いた。同時に顔を見せた窓から入ってきた柔らかな光。 やや薄暗かった俺の部屋はその光の所為で一気に明るく照らされていった。 その様子を見てまた嬉しそうに俺の所を見るに、また俺の頬が緩むのが分かった。 「うわー、雅治!今日すっごい暖かいね!」 ぽかぽかと太陽が照らす温かい日常のほんの一瞬一瞬。 そんな二度とは戻らない時に、お前が傍に居るという極上の幸せ。 歩みくるものは、運命 (愛しさを噛締めて、進む) ------------------------------------------------------- (暖かいのは紅茶よりも日の光よりも)