『月光の下、オフィーリアは堕ちて往く』
時は中世のヨーロッパ、久しぶりの満月の月光に照らされて、道を急ぐ少女が一人。 彼女の名は。 彼女は、このシルヴィー国の上流貴族の娘、15歳という幼い歳で既に婚約が決まっている。 まさに政略結婚と言うべきか。 でもそんな事はこの時代では既に常識と化していた。 ー親の顔の為に、自らが犠牲になる。そんな事は貴族の家系に生まれた宿命ー 頭ではそう理解しているも、やはり不安という感情が生まれるものである。 そう、彼女は今類希なる不安にかられて、屋敷から飛び出して来てしまったのだ。 「はぁっ…もうここまで来れば大丈夫かな…?」 が辿り着いたのは、国外れにある深い深い森の奥深くにある湖。 不気味な程の静けさに、小さい頃嫌と言うほど聞かされた伝説を思い出した。 "国外れの森にはいってはいけないよ。 愛する姫を奪われた醜い魔物が夜になると暴れて、近づく人を殺してしまうから" の体が寒さと恐怖で身震いした。 早く通り過ぎてしまいたいが、もう大分暗くなり、ここまで頼りにして来た月も少しの流れ雲で弱弱しくなってしまった。 この、上が切り開いている湖しか、今は見えなくて。 しょうがないと自分を納得させて、湖の前に腰掛ける。 弱弱しい月の光を反射して、キラキラと輝く湖。 「ポチャン…。」 綺麗な風景を映していた湖に波紋が広がった。 は慌てて周りを見渡した。 自分以外には人の気配などしない、なのに急に湖に広がった波紋。 波紋で歪んだの顔は酷く怯えた顔をしていた。 じっと耳をすましてみても、物音ひとつしない。 安心して一息つき、湖を覗いたは息をのんだ。 湖に映っているのは、湖の淵に座り込んでいると、 一人の男。 を見て、意地悪そうな笑みを向ける。 は後ろをばっと振り返った。 銀色の髪に、漆黒色の瞳。 世界が、止まったような気がした。 静かな風の音だけが耳を掠める。 「俺の顔に、何か?」 またしても意地悪そうな笑みを浮かべ、男は舞に問う。 「すっ、すみません・・・・。」 はぱっと顔をそらして言った。 見入ってしまったのだ、男の綺麗な顔に、全てを見据えているような漆黒色の瞳に。 「何故、こんな所にこんなに可愛らしい姫君がおいでなのかのぅ・・・。」 男は問う。 は迷った。この男に自分の素性を教えていいのだろうか、と。 なにせ、の家はシルヴィー国でも有数の貴族。 正体がばれたら、家につれていかれるかもしれない・・・という気持ちがの言葉を止める。 が戸惑っていると、男はふと小さく笑ってに歩みを進めた。 一歩、一歩。とてもゆっくりと。 「名前は?」 「え…?えっと、…です。」 「か、良い名じゃの。」 男は柔らかく微笑んだ。 「俺の名は、雅治じゃ。これからよろしくの。」 これから…? は訳が分からず、けれど返事をしないのも失礼だと思い兎に角微笑んだ。 「は、はい…。」 すると、雅治と名乗ったその男はニッとニヒルな笑みを浮かべた。 それと同時に今まで出ていた月がフッと消えた。 真っ暗闇になる前にが見たのは、 雅治の、背中に生えた大きな瞳と同じ漆黒色の翼。 「な…何っ?!」 は大きく動揺する。 真っ暗闇で身動きがとれないは、自身の背後に回った雅治の存在には気づかなかった。 は口元をハンカチのような物で押さえられ、気を失った。 「…手に入れた、………俺の姫君。」 静かな月が反射されてきらめく湖の端から、まるで月の色のような髪色の男が一人の少女を大事そうに抱えて暗闇の中に消えていった。 瞳を開いたら、まっすぐ目に入ってきたのは黒色の天井。 レースが付いている様子から、彼女が眠っていたのは真っ黒な天蓋付きのベッドのようだ。 ゆっくりと上半身を起こして、辺りを見回す。 壁やどこか特徴のある独特な雰囲気は、まるで都心の城のようだ。 鋼鉄の壁は、檻のような雰囲気を漂わせていた。 「ここは……?」 はまだぼーっとしている頭で意識をなくす前の記憶を探していた。 そうだ、私…湖の淵で気を失ったんだ。 でも、どうしてだろう?走っていた時はとても体調も気分も良かったのに…。 鉄格子の付いた窓が目に入り、はベッドから立ち上がり鉄格子の隙間から外を覗いた。 の目に映ったのは一面に広がった深い深い森。 まるで、暗闇がこの城を多い囲っているような感じがした。 けれどそこには湖にいる時に感じた不気味さは無く、どこか神聖な場所のようにも思えた。 広く深い森の奥には、が倒れたであろう湖が暗闇に一筋の光が射すかの如く月の光をキラキラと反射していた。 その時、この部屋の唯一の出入り口であろう鉄の扉がギギッっと不気味音を立てて開いた。 薄暗い部屋に、廊下の明るい電気が入り込む。 明るい光と同時に入って来たのは、湖で出会ったあの男、雅治だった。 「おや?お目覚めかの?調子はどうじゃ?」 雅治は、あのニヒルな笑みを浮かべながら言った。 「あの…ここは?」 「ん?俺の城じゃよ。気分は?」 「いえ…大丈夫です。…あの…私、何故…ここにいるんですか?」 「俺が連れて来たから。いきなり倒れてビックリしたとよ、どこか悪いところは無いかの?」 「あ…はい。…あの…助けていただいてありがとうございました。」 は小さくお辞儀をした。 「いいんじゃよ。今日はもう遅い、とりあいず寝た方がよか。明日、ゆっくりお話しようの。」 雅治は柔らかく微笑んで、じゃあと言って部屋から出て行った。 「あ……。」 行ってしまった。聞きたい事は沢山あったのに。言葉を発する暇を与えてくれずに。 疑問だけが頭をよぎるがとにかく、は雅治の言うとおり眠ることにした。 今は頭が混乱している。 けれど少なくとも、雅治は自分が貴族の娘だと気づいていないようだ。 そのことだけ安心して、は再びベッドに入った。
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