『教えたのは俺、逃げなかったのは君の意志だ』




















―――――――――――――――――― は、はっ、と目を開けた。 夢の中で、自分の名を誰かが強く呼んだ気がした。 誰だろう…あの人は。男だろうか、女だろうか。それすらも分からなかった。 けれど、何処かで会ったことがあるような、そんな気がした。 窓から差し込む淡い光が部屋を照らしているのが分かった。 どうやら、もう朝らしい。 はゆっくりと体を起こし、昨日のように鉄格子の隙間から外を眺めた。 昨日の暗闇の中見たものが嘘のように、城の周りを埋め尽くす森は太陽の光をめいっぱい吸い込み、きらきら輝いていた。 それは、家の敷地内にある森よりも遥かに綺麗で、世界中探してもこんなに素敵な場所は無いのではないかと思う程だった。 しばらく見入っていただが、昨日いきなり倒れた自分を介抱して、しかも何も聞かずに泊めてくれた雅治に お礼を言わなくてはと思い、部屋の扉をゆっくりと開けた。 廊下はとても長く広く、それでいて綺麗だった。 しかし、どこか暗い雰囲気があった。 壁も全面黒や鉄のようなもので出来ている。 珍しいつくりの城に、その周りを多い尽くす神秘的な森。 つくづく此処は変わっている、とは思った。 そしてこんな所に住んでいる雅治はどんな人なのだろうか、と自然と疑問がわきあがった。 暫く歩いてからふと、本当に今更ながら思い出した事が一つ。 「…そういえばあの人の居場所知らない…。」 居場所も知らずに出てきた自分に少し嫌気がさした。 が溜め息を吐いたその時、の背後から足元に一匹の真っ黒なコウモリがやって来た。 コウモリはの足に纏わりつくようにひょこひょこと飛び回る。 「きゃっ…!…あれ?なんだ…、コウモリ…。」 がコウモリを踏まないように一歩下がれば、その場で数回旋回した後に前へと飛んでいくコウモリ。 「…ついてってみようかな?…どこかにはいるだろうし。」 は当ても無いので、兎に角前へと進むコウモリに着いて行く事にした。 コウモリはの出てきた部屋から左へ真っ直ぐ進み始めた。 そしてしばらく歩いて、突き当りを右に曲がるとまた長い廊下が目の前に現れた。 静かに飛んでは時々を待つかのように旋回するコウモリは、本当に雅治の所に導いてくれているような気がして。 この森は、城は、雅治は、不思議な事ばかりだとは歩みを進めながらそう思った。 そしてコウモリは、螺旋階段を上がっていく。 1階…2階…3階程上がると、それまでの部屋や廊下の作りが他の場所と少し違う雰囲気の所に辿り着いた。 廊下が長く、奥の方に銀色の大きな扉が見える。 多分、あれが雅治の部屋の入り口なのだろう。 コウモリはまた旋回した後、今までとは違う早いスピードでぱたぱたと音を鳴らしながらその廊下の突き当たりへといってしまった。 「あ…待って!」 はコウモリを追うように奥へと小走りで向かった。 近くで見ると銀色の扉には大きなコウモリが描かれていた。 それはとても繊細に描かれていて、触ったら壊れてしまいそうな程だった。 は恐る恐る扉を開けた。 ギィ、と古びた音が部屋に響いた。 部屋は少し薄暗く、日の光を遮っているように窓には黒色の大きなカーテンが掛かっていた。 見ると奥には黒色の大きなソファーに人が一人座っていた。 銀色の長く伸びた髪が、窓から吹く柔らかな風に揺れている。 は足音をたてないようにゆっくりと近づく。 「ようやったのう、トウ。良い子じゃ。」 雅治は自分の膝の上にいる黒色の猫を撫でながら、指に停まるコウモリを愛しそうに見つめた。 そして、の方に振り向いて柔らかい笑みを浮かべて言った。 「気分はどうじゃ?元気になったんか?」 「あ…はい。…コウモリに名前があるんですか…?」 「ん?ああ…コイツは特別でな。可愛かろう?」 「…賢い子ですね。私をここまで案内してくれました。」 は微笑みながら言った。 雅治はそれに笑み返してから、前にあったソファーに座るよう促しながら問いかける。 「ところで、俺に何か用があるんじゃないんか?」 「あっ…!はい、あの…昨日は見ず知らずの私を助けてくれて本当にありがとうございました。」 ぺこりと頭を下げる。しかし顔を上げると雅治の表情は暗いものになっていた。 戸惑うを横目に、雅治は猫を下に降ろしてソファから立ち上がり、に近づきながら言った。 「俺は…の事、知っとうよ?」 「………え?」 は一瞬にして表情を曇らせた。 焦ったのだ。本当に雅治がに会った事があるのなら家に連れて帰られるかもと思ったから。 自然と口から出る声は、震える。 「あの…私達、初対面じゃ…?」 にとっては冗談だと笑って否定して欲しい事実。 けれど雅治は静かに首を横に振った。 「覚えとらんか?それは悲しいのう…。」 苦笑しながらも何処か悲しげに切なげに見える笑みを浮かべながら、 雅治はの首に掛かっているシルバーのネックレスを手に取った。 小さな十字架の真ん中に、赤い宝石が付いているそれに、雅治は愛おしそうに口付ける。 それでも、意味の分からないはただ戸惑うばかりだった。 「あの…失礼ですが、何処でお会いしました?すみません…私覚えてなくて…。」 雅治はのネックレスを手に取ったまま言った。 「このネックレス…誰に貰ったんじゃ?」 「え?これですか…?…分かりません。けれど幼い時から凄く大事にしてる、宝物なんです。  両親の話では頂いた日からずっと身に着けてるんですが…これが何か?」 「…そうか。幼い時からずっと…。」 の言葉を聞いた雅治の顔がふ、と嬉しそうに歪んだ。 にはますます意味が分からなかった。自分の今の言葉に何か、彼を喜ばせる要素があったか、と。 混乱した頭で必死に考えていると、ふと雅治がの頬に手を当てて、笑みながら問いかけた。 「なあ、。…行く所が無いならココに住まんか?」 雅治の突然の言葉には心底ビックリした。 思ってもみなかった申し入れは助かることこの上無い、けれど。 「いいんですか…?…その、私なんかおいて頂いて。」 「構わんよ。部屋は腐るほどあるし、俺も一人は寂しい。」 おどけたような調子で言う雅治に嬉しそうに笑み零して、はありがとうございますと弾んだ声で告げた。


















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